前編
小さい頃はやんちゃだったローレンスも、そろそろ年頃。
次期国王とはいえ、元気な父王と有能な臣下達がいるおかげで、まだ気楽な立場である。
「もうしばらくしたら、政務を任されますよ。」
「えー!?兄上がいれば必要ないと思うけど。」
兄のサミュエルとの間で、そんな会話もある。
同母ではあっても、母の連れ子であるサミュエルには王位継承権はない。
ただエンリックが我が子同様に育て、本人も期待に応えるべく努力したので、今では青年公爵として忙しい日々を送っている。
ローレンスとしては、相手をしてくれる人間を父に取られた気がして、寂しく思ったほどだ。
一番年齢が近いのは、妹カトレア・ヴァイオレットと同い年のカイザックになる。
エンリックの腹心ともいえるウォレス伯の息子で、弟アシューと共に昔からの遊び友達。
カイザックの妹パトリシアもカトレアと大の仲良しで、家族揃って王家のお気に入りという一家だ。
大体、ウォレス家の兄妹は、カイザックは母親似、妹は父親似で大変目立つ。
カトレアが「花の姫」ならばパトリシアは「月の乙女」と囁かれる美少女だ。
どちらも父親が壁となり、怖くて近寄れず、都の貴公子達はため息をついている。
カイザックも近く騎士隊に入隊するといい、最近は会う回数も減ってきた。
しかも近衛でないと知ったローレンスとアシューはエンリックの執務室にまで押しかけ、
「本人の希望で、ウォレス伯が了承してのことだ。」
逆に公私混同はいけないとたしなめられてしまう。
エンリックは息子の気持ちもわかるが、騎士隊と揉め事を起こすのは後々面倒になるので、口出ししたくない。
かつてフォスター卿を引き抜いて以来、どうも心証が良くないのだ。
カイザックにしても、「武術大会で優勝」が子供の頃からの夢だ。
ウォレス伯は、いつも審判か模範試合にしか出なかったため、カイザックが騎士になることを反対どころか、むしろ喜んでいる。
話を聞いたローレンスは、
「どうせ私では、もう相手にならなくて悪かったな。」
最近、年下のカイザックの方が腕をあげてきたので、拗ねたらしい。
血のなせる技と思えば無理もないが。
「文官では出世できそうにもありませんから。」
カイザックは弁解のように言った。
確かに現在の状況では空席はない。
ダンラークの官職が世襲ではない以上、父親が大臣の位にあっても、同じ地位に就けるとは限らない。
それでもカイザックは王宮のローレンスの元に来るし、パトリシアの送り迎えもする。
やはり急に美しくなってきた妹に妙な男が近付かないための用心だ。
「パトリシアは本当に綺麗になった。」
とはエンリックもサミュエルも言っている。
外見は父親譲りというより、先代の伯爵夫人の面差しに近いらしい。
「まるで『月光の貴婦人』に生き写しだ。」
当時の宮廷をドペンス候とタイニード伯は思い浮かべる。
性格は母のエレンに似て、ごくおとなしく、褒められるたび頬を染め、その仕草も可憐であった。
冗談交じりに、
「求婚者選びが大変だね。」
などと誰かが言おうものなら、カトレアが
「パトリシアを守ってくれるような強い人でないと、お嫁にはやらないわ。」
自分の妹のようである。
パトリシアは異性の好みを聞かれると、
「優しい方が良いです。」
控えめに答えている。
「そうね。強くて優しい殿方なら、私もいいわ。サミュエルお兄様のような方。」
何気ないカトレアの言葉にエンリックもローレンスも苦笑しつつ、傷付いた。
優しい点は共通しているが、強いということが武術に関してなら、彼らは理想には届かない。
やはり腕がたたないと、いけないのだろうか。
もし文弱な貴公子でも求婚してきたら、どうなるのだろう。