ローレンスとカイザックは剣での立ち合いだが、サミュエルとウォレス伯は槍で騎馬戦だ。
 余興ということで、刃のない槍で甲冑もなしだが、始まると意外に本気である。
「すごい、サミュエル様。槍で父上と互角だ。」
 若い頃からウォレス伯は槍の達人である。
 カイザックも教えて貰っているが、いまだに歯が立たない。
「パトリシアが兄上に憧れるのも仕方ないかなあ。」
 対戦を見ながらローレンスの呟きが耳に入る。
「サミュエル様は頼りになって優しいですから。私だって兄上に欲しいです。」
「そういう意味だったのか?」 
「何がですか。」
「いつもカトレアとパトリシア、兄上みたいな人が好きだって…!」
「側にああいう方がいれば、誰でもそう思います!」
 サミュエルと一緒に遊んでもらったのはローレンスだけではない。
 カトレアやパトリシアには、年の近い兄達よりサミュエルが大人びて見えた。
 まして現在はエンリックや他の臣下の信頼も篤く、ダンラークで指折りの名門コーティッド公爵家を継いでいる。
 文武に長けた青年貴族として、真っ先に思い浮かぶのはサミュエルだったのだ。
 ウォレス伯が上段から構えた長槍の攻撃を交わした時には、エンリックも真剣に見入っている。
(良く振り払えたものだ。)
 槍の技量と共に馬術の巧みさが目に映る。
 打ち合う音が響く中、時間が過ぎていくかのようだ。
 そして、馬で回り込んだサミュエルが、振り下ろされたウォレス伯の槍を下からすくい上げるように払った瞬間。
 手に持っていた槍が宙に舞い、地面に突き刺さった。
「軽く手合わせではありませんね。久々に汗をかきました。」
「弟の名誉がかかってますから。」     
 馬から降りると、三人の側へ戻ってくる。
 ウォレス伯がローレンスに言った。
「ご満足ですか。殿下。」
「はい。」
 エンリックが笑っている。
「縁談に不服な者がいたら、ウォレス伯とサミュエルに相手をしてもらうか。」
 
 王宮へ帰ると、エンリックとウォレス伯は会議室へ向かう。
 皇太子の婚約ともなれば、相応の手順がある。
 ローレンスは奥の居間で家族の前で改めてパトリシアとの婚約を告げる。
「ずるいわ、お兄様。私にも内緒にしていたなんて。」
 カトレアとアシューには、正式に決まるまではと話していなかったので、さすがに驚いたらしい。
「お兄様、ちゃんとパトリシアを大事にしなくては駄目よ。」
 ローレンスにはきつく言うものの、パトリシアには、
「もうすぐ姉妹ね。貴女のお部屋は私の隣に準備するわ。」
「それは私の隣でないと…。」
 慌ててローレンスが口を挟む。
 カトレアはパトリシアが妹ではなく、姉にあたるのだと気がついているだろうか。

 ローレンスとウォレス伯爵令嬢パトリシアとの婚約は、重臣達にも概ね好意を持って受け入れられた。   
 使者は典礼大臣とウォレス伯と懇意のレスター候、親族としてサミュエルが赴く。
 ローレンス本人が行きたがったが、認めてはもらえなかった。
 これを機にウォレス伯は進退伺いをエンリックに立てる。
 ウォレス伯は現在司法大臣の地位にある。
「隠居するには早いだろう。」
 エンリックは簡単に一笑に付してしまう。
 皇太子妃の父となる人物が国政の中心にあってはと考えたのだが、エンリックが承諾するはずがなかった。
  
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