後編

 正式に公布されると、国中が沸きかえったようだ。
 世継ぎの婚儀ともなれば、この上ない慶事である。
 使者を務めたレスター候は、ウォレス伯の友人として素直に祝っているが、息子達はそうでなかったらしい。
「どうして教えてくれなかったんですか。父上とウォレス伯は親友だから、有利だと思ってたのに!」
 上の子はともかく下の子はパトリシアより年下なのだが、
「パトリシアなら年上だって良かった。」
 どうやら兄弟で想っていたらしい。
 二人ともカイザック同様、ローレンスとも仲が良く、
「取り合うわけにもいかないじゃないか。」
 別の人間なら相手の所へ乗り込んだかもしれない。
 他にも宮廷の貴公子達は、嘆息を漏らしただろう。
 「花の姫」には手が届かなくても、「月の乙女」ならばと、ひそかに想いを抱いていた者は多かったのである。
 
 婚約がまとまってローレンスはウォレス家へ頻繁に出入りするようになった。
 以前からカイザックの元へ遊びに来てはいたものの、すでにお忍びではなく、堂々とパトリシアを訪ねてくる。
 足繁く通ってくれるのは嬉しいが、何分ローレンスは普通の貴族ではない。
 だがローレンスは婚約者への挨拶は当然と思い込んでいるので、ウォレス伯もどうやって遠慮していいかわからず、結局エンリックに相談する。
「一番楽しい時だからな。」
「しかし、あのように気軽に出歩かれては…。」
 ろくに供も連れず外出するところまでエンリックにそっくりだ。
 丸腰でないだけ、ましといえよう。
「多少浮かれてるのは大目に見てやってくれ。その内準備で忙しくなれば、外出する暇もなくなる。」
 実際、婚儀の準備やら手順はローレンスの想像より複雑かつ大変だった。
 ダンラーク国内で王族の婚儀など何十年ぶりで、手間も時間もかかって当然なのだ。
 連日続く祝宴の計画の多さに、
「兄上もこんなに大変だった?」
 相談役になってくれるサミュエルに聞いてしまう。
「それは色々と。私の時は叙爵式が重なりましたから。」
 どこの家名を授けられるのかさえ知らずに緊張していたことを思えば、相手の決まっている結婚式の方が気が楽だと教えた。
「大げさな式典なんて頼んでないのに。」
「皇太子の結婚は私事ではすまない、ということです。パトリシアはもっと不安に思ってるはずですから、そんな顔見せてはいけませんよ。」
 国内だけでなく、外国の賓客も集まる。
 ダンラークの体面もかかっている。
 一人ローレンスだけの問題ではなくなるのだ。
 世継ぎとして相応の婚礼ともなれば、どれ程盛大にしても良いくらいである。
 何やかやと言いながら嬉しさを隠し切れないローレンス同様、エンリックは自分の即位記念の式典以上に楽しそうだ。
 子供扱いしていても、いつしか結婚相手を見つけるほどにローレンスも成長した。
 互いに想い合い、大勢から祝福を受けて。
 何よりパトリシアは皇太子妃として、サファイアの宝冠を戴く権利を有する。
 フローリアとマーガレット。エンリックが二人の妻に贈ることのなかった、ダンラーク王家の象徴。
 パトリシアの銀の髪なら、青く輝くサファイアがさぞ映えるだろう。
(華やかになったな。宮廷も。)
 ティアラと再会し、マーガレットを迎え、ちょうどエンリックが即位十周年の時、ローレンスが誕生した。
 その頃から王室行事も増え、諸国との交流も進んだ。
 現在、最も親交が深い隣国ドルフィシェ。
 王妃はエンリックの愛娘。
 かつての「宝石の姫」であった。