弟の婚約の便りを受け取ったティアラは、我が事のように喜んだ。
「ローレンスが結婚する年齢になったなんて、月日の流れは早いものですわ。」
「父君もさぞ安堵しておられるだろうな。」
ドルフィシェ国王クラウドは、皇太子時代訪れたダンラークでティアラを見初めたが、王子としては決して早い結婚ではなく、周囲の人間をやきもきさせた。
幼馴染でエンリックの信任厚い大臣令嬢とは、良い相手を選んだことだ。
パトリシアの父ウォレス伯はクラウドも面識がある。
ティアラが嫁いだ際の随行者だ。
是非、婚儀に臨席をと書いてある通り、正式な招待状がドルフィシェに届けられた。
祝福の言葉を添え、承諾の返事を送るのだった。
いよいよ挙式が近付くと、国中の祭り騒ぎと共に、王宮には和やかな雰囲気だけでなく緊張感が漂う。
ローレンスもパトリシアには、
「心配しないで。」
と言うものの、自分は落ち着かなくなるらしい。
大抵、エンリックかサミュエルが察して、気分をほぐそうとしてくれる。
自分達にも覚えがあるからだ。
エンリックがローレンスの私室まで様子を見に行くと、物の位置を動かしたりしていた。
本人としては何かして気を紛らわしたいのだろう。
多少、模様替えもされ、特に手を加えなくても良くなっている室内を見回し、
「昔はおもちゃの片付けもろくに出来なかったのに。」
「そんなの昔の話ではありませんか。」
ローレンスの顔が赤くなる。
かなりの散らかし魔で、部屋のおもちゃを片付けないまま、外に遊びに行って叱られたことは、何度もあった。
「宮廷中の憧れの的を射止めたんだ。大切にな。」
「はい。」
答えた後で、ローレンスは少しためらった後、エンリックに言った。
「ダンラークは女王でも良い国ですよね。」
「そうだが。」
「パトリシアが女の子を生んでも大丈夫ですね。もし、子供ができなくても、アシューがいるし。」
随分と先の話だが、ローレンスは真面目な表情を見て、立ち話では済まなさそうなので、エンリッ椅子に座って、話を聞き始めた。
「かなり気にしてるみたいだったので。」
「さてはウォレス伯に何か言われたか。」
頭の固い彼なら、一言ならず娘に色々言い含めていそうだ。
「今から心配することではあるまい。それより長く添い遂げることを考えなさい。」
「父上は母上を愛しておられたから、望まれたのでしょう。」
突然の息子の質問に思わずエンリックも面食らったが、とまどいはしなかった。
「もちろん。そうでなければお前は生まれていないさ。大体、世継ぎが欲しかっただけなら、子供は一人いれば良いだろう。」
マーガレットは国母ではあっても、王妃ではない。
子供達の目にも仲睦まじく映っているが、訝しくも思うのだろう。
すなわちエンリックの心には今でも別の女性が住んでいるのではないかと。
名前しか知られていない幻のダンラーク王妃フローリア。
すでに覚えているのはエンリックとティアラだけだ。
「姉上の母君のこと、お伺いしてもよろしいですか。」
「一度は実った初恋だが、長くは続かなかったな。マーガレットに出会うまで愛していた。」
「仮に母上が私を生んでいなかったら…。」
「ティアラかティアラの子を世継ぎにしただろう。妻は一人で良い。」
−生涯、妻として愛する。
エンリックはマーガレットに誓った。
最後に愛する女性として選んだのだから。
「愛情のない結婚に何の意味があると思うか。ローレンス。」
「いいえ。」
ローレンスも一生かけて愛せる女性としてパトリシアを選んだ。
誰の目から見ても、お互い慈しみあう夫婦になりたい。
エンリックとマーガレットのように。