茨燃ゆ
 都へと続く森の中。
 蹄の音が近付いてくる。
 若い騎士が二人。
 多分二十歳前後だろう。
 一人は黒髪、いま一人ははしばみ色の髪をしている。
 突然、人影が飛び出してきた。
「都の…、お城の騎士様ですか!?」
 目の前に現れた人間に、慌てて馬を止める。
「お願いです!助けてください。村が大変なんです!ご領主様のせいで、このままじゃ…!」
 必死に叫ぶのは、短い亜麻色の髪の、まだ十二、三の子供。
 服も顔も泥で薄汚れているのは、長旅の証だ。
「領主のせい?」
 聞き捨てならないと思ったらしく、黒髪の騎士が暗緑色の瞳を向ける。
「とにかく、ここでは話は出来ぬな。」
 馬上から右手を差し出した。
 乗れという合図だ。
「レオポルド様!」
 はしばみ色の髪をした騎士が止めようとする。
 どうやら、黒髪の騎士の方が身分が上らしい。
「放っておけないだろう。お前、名は?」
「ルンといいます。」
 レオポルドはためらう子供を手招きした。
「私が乗せます。」
「構わぬ。戻るぞ、アドル。」
 二人はルンを連れ、元来た道を引き返す。

 しばらく走ると、眼前がいきなり広がる。
 木々のかわりに、整然と街並。
 ルンは目を見張る。
 見た事のない家の数、目まぐるしく動く人の多さ。
(これが都…!)
 ルンが驚いている間に、城門に近付く。
 本当に城の騎士だったらしい。
 身なりが良さそうだったので、当てずっぽうで声をかけたのだが。
 慣れた足取りでレオポルドが歩いていく。
 物珍しさで周囲を窺うルンは、距離が離れてしまいそうになり、慌てて後を追う。
 アドルはやれやれといった感じで、双方を見やっている。
「あら。もう遠乗りからお帰りですか。お早いですこと。殿下。」
 廊下で行き会った女性が口を開いた。
 アドルが「様」をつけたのはレオポルド。
 だとしたら、ルンを連れてきた人は。
「王子様…?」
 たじろぐルンにレオポルドは笑って答えた。
「城の騎士には違いないさ。ちょうど良かった。エニーナ。何か食事させてやってくれ。話はその後だ。」
 話しかけてきた女性は、女官長でレオポルドの元乳母だ。
「よろしく。母上。」
 アドルはエニーナの息子。レオポルドとは乳兄弟になる。
 ルンの様子では、何日も野宿を繰り返してきたのだろう。
 きっと食事もしてないに違いない。
 とりあえずルンをエニーナに預け、レオポルドは部屋に向かう。
 マントを外し、壁にかけると、クローゼットを開けた。
「アドル。そちらの引き出しも見てくれ。」
「お探し物ですか。」
「ああ。私の子供の頃の服、その辺にないか。着替えもさせないと。」
 アドルは納得した。
 ルンの随分と薄汚れた服。
 まるで着の身着のままで飛び出してきたような。