レオポルドとアドルはルンの行動を理解した。
 村人達が危害に遭っているだけではないのだ。
 自分の姉のためにも、決死の覚悟で村を飛び出して、都に向かった。
 おそらく追っ手に見つからないように、街道ではなく獣道を利用して。
「半年前です。もう生きてないかも知れません。だけど、せめて姉さんや村の人の敵をとってください…。」
 とうとう、ルンは耐え切れずに泣き出した。
 −もう生きていないかもしれない
 言葉の陰に領主に連れ去られて、帰ってきた娘がいないことがわかる。
 レオポルドは椅子から立ち上がり、ルンの側に近寄った。
「よく報せてくれた。それほどの目に遭っているなら、放っておく訳にはいかない。」
 よりによって、魔女に仕立て上げるとは。
 アドルも席を立つ。
「詳しく調べて見ます。少なくとも魔女の報告は届いておりません。」
 教会から城に何の連絡も来ないのはおかしい。
 形式の魔女裁判さえ、行なっていないのだろう。
 事と次第によってはマーテルへは使者ではなく、騎士隊が出向くことになる。
 
 疲れているだろうからと、ルンにあてがわれた部屋は、城の一室。
「あの、本当に使っていいんですか。」
 居間と寝室の二部屋続き。
 村のルンの家より、はるかに広い。
 ベッドもカーテンも、ソファーに置かれたクッションまでもがきらびやかに見える。
 壁にはおそらく名の通った画家が描いたと思われる絵画や、手の込んだタペストリーが飾られている。
 燭台が放つ輝きは、銀製品の証。
 彫刻一つだけでも、一生暮らしていけそうだ。
「ゆっくりおやすみなさい。」
 エニーナが安心させるように微笑んで、退室した。
 ルンは落ち着かないように、部屋を見て回る。
 布団は羽毛に違いない。
(お姫様の部屋だ。)
 絵本にも載ってた挿絵は、嘘だった。
 現実はもっと素晴らしい。
 
 夜遅く、レオポルドとエニーナは共にルンの様子を見に行こうととして、廊下で一緒になった。
 やはり心配になったらしい。
 そっと部屋に入ると、ぐっすり眠っている。
 隅に着ていた服と靴と、僅かな荷物が置いてある。
 どれも擦り切れてぼろぼろだ。
「年端も行かない子供が、一人でここまで…。」
 村の外も、ろくにでたことないだろうに。
「エニーナ。当分アドルを借りる事になるかもしれない。」
 城に所属する騎士の中で、一番信頼しているのは彼だ。
「どうぞ、殿下。弱い立場の者を守るのが騎士ですもの。」
 レオポルド同様エニーナもルンの話を信じた。
 ルンのまめだらけの足を見れば、疑いようがなかったのである。

 翌日、エニーナに連れられ、町の買い物から戻ってきたルンは、城で働かせて欲しいと申し出た。
 気兼ねする必要はないとレオポルドは言ったのだが、やはり落ち着かないという。
 とりあえずエニーナに預けたら、レオポルド付きの臨時の侍女としたらしい。
 自分の世話は自分で出来ると、あまり世話係を使わないせいだ。
「私の侍女になってもすることないぞ。」
 せいぜい洗濯した衣服をしまうくらいか。
「では、剣の使い方を教えてくれませんか。」
「お前、女だろう!?」
「強くなりたいんです。」
 非力だから、言いなりになるしかない。
 ルンの瞳が物語る。