いったんキーを差し込んだ二人だが、ほとんど同時に車から降りてきた。
行き先も同じ屋上ガーデニング用品売場である。
鉢植えのコーナーを物色していると、納品していた青年が声をかけてきた。
「何をお探しでしょう。」
クリント種苗のマティスは、クラウドとジェフドと違って仕事中なのだが、姿を見て近付いて
きてくれた。
「ツリーに似た形の木があるだろう?」
ろくに植物の名前などわからないクラウドの説明で、マティスはわかったように鉢植えを
取ってくる。
「ゴールドクレストですね。大きさは?」
「その小さいので。」
「同じのを二つ。」
クラウドもジェフドも家に用意してあった子供用のツリーが倒されたり、折られたりでクリスマスまで
もちそうになくなってきたのだ。
「どうぞ。差し上げます。」
袋に鉢植えをつめて戻ってきたマティスは、気前良くそう言ったが、エンリックの手土産と違って、
こちらは売り物。
「そういうわけにも…。」
クラウドとジェフドは困ったように顔を見合わせる。
「こういうものは季節物ですし、残っても困るだけなので。」
「だけど今ポイントアップ期間中だよね。」
ジェフドが口実を見つけたようにカードを出した。
レジを通さないとポイントはつかない。
ダンラーク百貨店のポイントカードは、スーパー並に100円からポイントが付くのだ。
「そうですか。では、こちらをお付けしますね。」
さらにポインセチアの小鉢を袋に入れてくれた。
クリスマス関連商品購入のサービスだそうだ。
本来は一定金額以上なのだが、
「ウチは単価が安いので…。」
と、あまり関係なくサービスしているらしい。
カウンターにあるプレゼント用にラッピングされた花の鉢植えに気が付いたジェフドが、マティスに
問いかけた。
「これ『レディ・ヴァイオレット』じゃないか。まだある?」
「もう最後なんです。」
クリント種苗が品種改良した「レディ・ヴァイオレット」は、気品ある紫系の花色が高く評価された
カトレアで品評会でも特別賞を受賞している。
マティスが妻のカトレア・ヴァイオレットにちなんで名づけた花で、クラウドの妻、ティアラとは姉妹。
ティアラで懲りたエンリックが、接する人間が限られる外商部にカトレア・ヴァイオレットを置いて
いたのだが、テナント出店していたマティスが頻繁に顔を出すようになった。
「花屋だけに根付かせるのも早い。」
散々、エンリックにいやみを言われたのはクラウド同様だそうだ。
「社長にはお会いになりましたか。」
「元気にギフトセンターで案内係してるよ。」
クラウドが笑って言った。
「当分、忙しそうですね。しばらく様子見てから、挨拶にいきます。」
いるのがわかっていながら、黙って帰るには気がひけるのだろう。
いつまでも仕事中のマティスに相手をさせられないと、用の済んだクラウドとジェフドは再び
駐車場に戻った。
「どこかで歌っていかないのか。」
車に乗り込もうとする前に、クラウドがジェフドに聞いた。
ジェフドは学生時代から音楽が好きだったのだが、家業を継いだので、時折、気晴らしに
ストリートミュージシャンよろしく街角で歌っている。
「どこも人がいるから、街中は無理だね。」
「海なら付き合うよ。ギター持ってきてるんだろう。」
まっすぐ帰るには時間が早いということで、結局、海浜公園に寄り道することになった。
ジェフドも地元では顔を知られているから、近くでは歌えないのだ。
戻る 次へ