ジェフドがサラティーヌを伴って、城を出奔したのは、結婚して、一年たつかたたないかという、十八の時だ。
 かれこれ、五年の月日がたっている。
 それからというものは、ただの吟遊詩人として暮らしていた。
 その間、消息を伝えることはあっても、城へ戻ったことはなかった。
 久々に、城門をくぐったジェフドを、臣下達は複雑な表情で出迎えた。
 待ち構えてい宮廷医師は、丁寧に頭を下げた。
「よく、ご無事でお戻りくださいました。」
「父上は?」
「はい。ただいまは起きていらっしゃいます。」
 それだけ聞くと案内も請わず、父王の部屋へ向かった。
 突然、数年ぶりに戻ってきたジェフドを見て側近たちが驚いた。
 当の国王ルドモット二世は
「この放蕩息子が、おめおめと帰りおって。」
 大して怒っていなさそうである。
 人払いをした後でジェフドは父の枕元の椅子に座り、苦笑した。
「お変わりなく、とはいえないようですね。」
「大丈夫だ。お前に心配されるほどではない。どうせ遊び暮らしておったのだろろう。」
 ちゃんと着替えて、束ねてあるとはいえ、長い髪だけは隠しようがない。
普通に働いているようには見えないという意味だろう。
「あんまりですね。吟遊詩人は職業の一つですが。」
 内心では、随分と弱っているような父の気配に、落ち着いていられないのだが、顔にはだせない。
「後でサラティーヌをよこします。」
「二人とも、元気でいたのなら、それで良い。」
 父の部屋を辞した途端、ジェフドは顔を曇らせた。
(……思っていたより、お悪いな。)
 彼が城を出た時は健康そのものだったが、今ではすっかりやつれ、別人のようであった。
 原因が、自分にまったくない、と言い切れない分、余計にやりきれない思いがした。
「陛下のご心痛の種は、何も殿下のせいだけではございません。」
 テイトやその他の側近、医師などもそう言ってはくれたが、慰めにはならない。
 部屋に戻ってきたジェフドにサラティーヌが、たずねる。
「私が挨拶にお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ。喜んでくださるだろう。」
 その表情と声の調子から、なんとなく王の様子がわかった気がした。
 だが口には出さず、目礼して、室外に出て行く。
 入れ違いに、テイトがジェフドの元へやってくる。
「殿下。実は、陛下のお悩みの一因なのですが、ご存知かどうか、最近……。」
 遠慮がちに言おうとすると、ジェフドはうなずいた。
「トルーマがこのカルトアを狙っていることか。」
「ご存知でしたか。」
 ジェフドは窓の外を眺めながら答えた。
「だてに諸国を歩き回ったわけではないさ。より広い知識を身につけるため、というのは建前だが。それでなくても近隣各国が睨み合っているというのに、厄介だな。ただでさえ我が国は弱小国だ。」
 それを感じたからこそ、ジェフドはあえて城を出た。
 周囲の状況を知らずして、カルトアの先はない。
「早速で申し訳ありませんが、これから会議が開かれます。ご出席なさってくださいますね。」
「出てもよいなら。今更、口を挟める立場ではないが。」
 自嘲気味のジェフドにテイトは言った。