一応、良縁と思える話もあったからだ。
ただ、その事があって以来、浮かない顔をする日が多くなった。
子供達の昼寝のお守りの最中、他に人もいなくなった頃合を見て、サラティーヌが話しかける。
「無理に考えなくてもいいのよ。」
ジェフドから遠回しに断ってもらえば、角もたつまい。
ナーサは、少し迷ったような面持であったが、付き合いの深いサラティーヌの前でなら、気も緩んだのだろう。
「私、好きな方がいるのです。」
思いきって口に出した瞬間、扉が開いた。
はっとして、振り返ると、ジェフドが困ったように立っている。
「まあ、あなた。ノックもしないで失礼ですわ。」
サラティーヌが座っていたソファーから、声を上げる。
ナーサは真っ赤になって、うつむいてしまった。
「ノックって…。」
年頃ならともかく、三歳の子供の部屋へ父親が入るのに、誰の許可がいるというのだ。
まして、昼寝の時間帯と知っていて。
「いいえ、あの、いいんです。」
ナーサが原因で夫婦喧嘩になりかねないので、慌ててとりなした。
聞かれてしまったものは仕方ない。
それにサラティーヌから、いずれ、ジェフドにも伝わっただろう。
結局、ナーサを真ん中にし、三人並んで話をすることになった。
そのような人がいたなら、もっと早くに言ってくれればサラティーヌも縁談など、きた時点で断っていた。
「でも、困って相談しようとしたら『おめでとう』と言われてしまったのです。」
つまり、ナーサの片思い。
おまけに彼女の心にまったく気付いてない。
どうやらナーサの気落ちの原因は、その一言にあったようである。
「一体、誰なの?あなたの良さがわからないなんて。」
何故かサラティーヌが怒っている。
さすがに、ためらって名を言わない。
城内の者であれば、それも当然かもしれない。
女同士の方がいいかと、ジェフドが席を外そうとした途端、ナーサのか細い声が聞こえた。
「…テイト様なんです。…。」
ジェフドとサラティーヌは、思わず顔を見合わせた。
「ナーサ、本当なの…?」
サラティーヌが確認すると、こっくりとうなずく。
ジェフドはため息混じりに呟く。
「あの唐変木…。」
実際、ナーサの身近にいる男といえば、ジェフドかテイトだ。
よく考えれば、自然なことだろう。
自分の側近だから、ジェフドもつい、かばってしまう。
「祝いを述べたのは、別に悪気があったわけではないと思うが。」
ナーサが悲しそうな表情をする。
「何とも思われていないのは、わかりました。」
「いや、それも違うかと…。」
ジェフドの態度にサラティーヌが、問い詰める。
「あなた、どちらの味方なの!?」
そういう問題ではないはずだが、サラティーヌは今や完全にナーサの肩を持つ気でいる。
わざわざ、自国を離れてきて付き従ってきてくれただけに、情もわく。
「私が言うのもなんだが、テイトのどこが良いのだ?もちろん信頼出来る人間だが、その、女性から見て、一緒にいて楽しいとは…。」
ナーサに縁談があるからには、テイトにもないわけではない。
謹厳実直な人柄を見込んで、娘の婿にと望む声もある。
だが、それは父親の、ひいては男の目から見た話だ。