ジェフドが空を見上げる。
 陽が落ちるまでには、まだ間がある。
「もう少し歩けるかい。サラティーヌ。」
「平気よ。あなた。」
「顔を覚えられてると厄介だ。宿は次の町にしよう。夜までには着けるさ。」
「ごめんなさい。私がちゃんと約束の場所にいれば…。」
「気にしなくていいよ、サラ。私がもっと早く行くべきだったんだ。毎日、退屈させてしまって。」
 半日、サラティーヌは落ち着く場所もなく時間を過ごしているのだ。
 本人は慣れたといってはいるが、暇を持て余す事もあって当然である。
 ジェフドに責められるわけがない。
「さあ、行こう。」
「馬はいらないの?旅の騎士様。」
「買ったら旅費がなくなる。」
 サラティーヌの問いにジェフドが苦笑する。
 馬と牝牛は同じくらい値が張るのは、国が違っても変わらない。
 それにシュリオンはカルトアより物価が高そうだ。
 
 次の町までの街道の途中には、森がある。
 抜けてしまえば近いらしいが、かなり深い。
 梢の音が共鳴する。
 もう陽が傾きかけて、次第に薄暗くなる。
(まずいな。日が沈む。)
 これ以上、歩く速度はあげられない。
 ただでさえ普段より早足だ。
 先を急がせるのはサラティーヌには無理だろう。
 ジェフドは夕闇が濃くなる頃、一度足を止めた。
「少し休んでいいよ、サラ。明かりを用意するから。」
 森で道に迷ったら危険だ。
 月明かりを頼りにするには、木々が鬱蒼としている。
 簡単に野宿できる気配ではない。
 小枝を拾い集めて、種火を点ける。
 松明は一人に一本。
 二人で持てば、足元より随分先が照らされる。
 梟の鳴き声が、どこからか聞こえてくる。
 何度となく夜の森林を通ったが、やはり不気味さはぬぐえない。
 やはりジェフドもサラティーヌも、歩調が早くなる。

 黙ったままだったジェフドが、サラティーヌに囁く。
「サラ、先に歩いて。振り向かないように。」
「どうしたの?」
 サラティーヌの歩みが止まりそうになる。
「立ち止まっちゃいけない。何かいる!」
 思わずジェフドの声が険しさを増す。
 直感で異変に気が付いたらしい。
 サラティーヌはこわばった表情のまま、進んでいく。
 ジェフドが剣の柄に手をかけた。

 低いうなり声が、微かに耳に届く。
 誰もいないはずの茂みに、光るもの。
 瞬間、動物が飛び出す。
「サラ、走って!火を消さないように!」

 狼、である。