その昔、神々が残した数々の不思議の中に、森の天使の伝説。
昔はもっと静かであったと思われる森の近くに、今では村々ができ、かつて広大だった森も、すっかり小さくなってしまった。
しかし小さくなったとはいえ、まだまだ奥深い。
森は村人達が小枝が木の実を拾いに来たり、旅人達の通り道になっている。
ある日のこと。
カミーリャという一人の少女が、この森へやってきた。
きのこが好きな病気の母に元気になってもらおうと、きのこ狩りをしに。
おみやげに森の木の実を集めている内、日が暮れてしまった。
辺りは夕闇に染まり、森の木々が黒ずみ、不気味に見えてくる。
日の入りが早くなった今の季節、特に森はいっそう早く闇と静寂が周囲を包み込む。
すっかり帰り道がわからなくなってしまったカミーリャは、仕方なく大きな木の根元に座り込んだ。
心細く思いながらも、やさしく降り注ぐ月の光に見守られ、いつしか深い眠りについてしまった。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
カミーリャはパチパチと燃える火の音で、微かに目を覚ました。
(暖かい…。明るい…。誰かいる…?お母さん!?もう朝になったの…。)
おぼろげながら目を開けると、心配そうに顔を見下ろしているのは母ではなく、見知らぬ少女−カミーリャよりは年上の−だった。
その少女の背には、真っ白な翼。
(誰?羽根の生えた…。白い羽根…?)
「天使様!?」
思わずカミーリャは聞き返してしまった。
すると少女は優しく微笑んだ。
「天使?私が?良く見て。」
もう一度カミーリャが見た時には、少女の背中に翼はなかった。
そのかわり深く澄んだ緑の瞳と、やわらかそうな茶色の髪が、強い印象を与える。
「助けていただいてありがとうございます。私カミーリャといいます。」
「私はアーナディア。あなたを見つけたのは私ではありません。あそこにいる…。」
振り返るともう一人、少女が立っていた。
カミーリャに近付いてきてにっこりと笑いかけた。
「気がついたのね。私はファリアーナ。」
長い銀髪に、紫の瞳。
アーナディアを森の精に例えるなら、ファリアーナは月光の精だ。
カミーリャは、しばらくの間、この二人に魅入られていた。
いつの間にか周りにはたくさんの動物と妖精が集まってきている。
妖精など今まで一度も見た事がなかったのに。
その時、何と熊が話しかけてきた。
「気がついて良かった。お嬢さん。」
(人間の…言葉…!?)
「驚いた?ここにいるものは、すべて言葉を持っているの。」
空に待っていた小さな妖精が言った。
(私、夢を見てるの?)
「さあ、もう少しおやすみなさい。朝になったら送るわ。」
カミーリャはアーナディア鈴の音が響くような声に誘われるまま、再び目を瞑った。
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