第十話

 リュオンが久しぶりに王宮の往診に行くと、メイティムは起き上がっていた。
 いまだにカルナスとファーゼが公務を代行しているが、文書などには目を通し始めたらしい。
 近い内に快気祝いの園遊会を催したいと言う。
「あまり無茶はなさらないでください。」
「医師達も招くのだが、お前も…。」
「遠慮します。」
 メイティムが言い終わる前に短く答えた。
「一度くらい良いではないか。」
「今更、人前に出るつもりも名乗るつもりもありません。」
 第一、着ていく服さえ持っていない。
 白衣では無理だろう。
 他に何か言われない内にと、診断所見と一通の封書を差し出した。
「これ、お願いします。」
 メイティムが封書の中身を開くと、今までの請求書だ。
 目を通すと毛布、シーツ、医薬品の名が書いてあり、送り先は療養所になっている。
「療養所には私から話しておきます。」
「お前は?」
「いつも療養所にはお世話になってますので、それで結構です。」
 診療代は当面必要と思われる物だ。
 妥当かどうかは別として、リュオン自身は特に資金援助をしてもらう気はなかったのである。 

 しばらく後、療養所に山ほどの荷物が届いた。
 リュオンの要望より、倍の量がありそうだ。
「くれるというなら、もらっておきましょう。」
 療養所の医師と目録を確認しながら言った。
 いくらあっても困らない。
 だがリュオンの元にも、療養所とは別にレナックが謝礼だと大きな箱を届けにきた。
「私はいいと言ったのに。」
 渋々、箱を開けると、白衣と通行証が三枚。
 通行証はリュオンとマリアーナとエセルの分だろう。
 それに略礼服が一式。
 王宮に洗いざらしの白衣と普段着で通っていたのだから、仕方ない。
「先生。患者さんです。」
 衝立の裏から、エセルの声が聞こえる。
「お心遣い、お受け取りします。近々おうかがいしましょう。」
 素直に礼を述べて、診察室へと足を向ける。
 患者と向き合うリュオンを垣間見て、レナックは、
(笑うんだ。この方。)
 王宮と雰囲気がまるで違う穏やかな青年医師だ。
 裏から出て表に回ると、また何人か診療所の前にやってくる。
 一人一人にマリアーナが容態を聞いていた。
 レポーテは決して貧しい国ではない。
 だが都の中にさえ、リュオン以外の医者にかかれない者達も存在する。
 自分の目で診療所を見たファーゼは複雑な思いがしたに違いない。
 国政に携わっていながら、今まで足元が見えていなかったという、自戒の念はカルナスにもある。
「兄上達に人々の暮らしがどのようなものかわかってますか?」
 二人は王宮でリュオンに投げかけられた質問の答えに窮したのだった。  
 
 診療が一段落した頃には、マリアーナとエセルの帰宅時間。
 テーブルに出したままの箱から、通行証を渡した。
「あと、これはエセルの白衣。マリアーナにはエプロンだな。」
 リュオンの手伝いをしているのならと、考えてのことだろう。
 現在受け取って喜ばれるのは、他にないからかもしれないが。