数日後、リュオンは一人で王宮へ出かけた。
「本日は御礼言上に参りました。」
 メイティムは息子の姿に顔が綻ぶ。
 ちゃんと送った服を着ていたのだ。
 リュオンはどうしようかと迷ったのだが、マリアーナに、
「せっかくのご好意ですから、着ていかなくては失礼ですわ。」
 と言われ、袖を通したのである。
「過分のお心遣いありがとうございました。」
 療養所からも同じ伝言を頼まれていた。
「礼はこちらが言うべきだろう。こうして起き上がれるようになった。」
 メイティムはベッドから動くのさえ、ままならなかったのだ。
 一時は命にかかわることだったことが嘘のようである。
「他に望みは?」
「一つだけございます。」
 リュオンは真っ直ぐに顔を上げた。
「生涯、町医者として過ごすこと、お許しいただけますか。」
「本当の望みはそれか。」
「はい。」
 王家を離れたいのとの明確な意思表示。
 良いとも悪いともメイティムの返答を待たず、リュオンは
「本日はこれにて、失礼します。」
 一礼し、前を退く。
 快諾は期待していなかった。
 ただ黙認してくれれば、それで良いと。
 廊下を歩いている途中でカルナスとファーゼに出会う。
「リュオン!?」
 まるで見違えたかのようだ。
「いつも妙な服ですみません。」
 何を言われるかわからないので、リュオンが足早に立去ろうとすると、ファーゼに腕を掴まれた。
「大事に着ろよ。母上自ら布選んで、誂えさせたんだから。」
 デラリットは顔を会わせる内に、記憶より成長したリュオンの着丈を自分の目で計っていた。
 以前の寸法では、とうに合わなくなってしまっている。
 現在のリュオンに似合う色と型を母親の勘で頭に描いたのだろう。 

 リュオンと入れ違いのようにやってきたカルナスとファーゼに、メイティムは苦笑した。
「一生、町医者でいたいそうだ。」
 兄弟は顔を見合わせ、カルナスは思い切って聞いてみる。
「父上はリュオンの家出の原因に心当たりがあるのですか。」
 メイティムの健康状態が落ち着くまではと、口に出せなかったのだ。
「いささか…な。マリアーナとエセルにも迂闊に還俗を促すわけにもいかぬな。」
「どうしてですか。」
「簡単にリュオンが承知するものか。」
 メイティムは黙ったまま、それ以上答えなかった。
 もうカルナスもファーゼも子供ではないから打ち明けてくれてもよさそうだが、隠すというより言いたくないらしい。
 デラリットには尋ねにくくもあり、リュオンの様子を話し、
「そうですか。ちゃんと着てくれたのですね。」
 嬉しげにされると、余計な事は益々言えない。
 カルナスとファーゼは心の中ででため息をつくしかなかった。
(父上はさぞお辛いだろうに。)
 リュオンは兄弟の中で、ただ一人父親似だ。
 同じ栗色の髪、緑の瞳。
 リュオンも自覚しているから、王宮に長居したくないに違いない。
 今日のような格好では、他の臣下達もすぐリュオンに気付くだろう。
 まるでメイティムの若い頃に瓜二つなのだから。
 カルナス達はデラリット譲りの亜麻色の髪と青い瞳。
 マリアーナはローネから金髪と茶色の瞳を。
 他の兄弟はエセルが緑の瞳を受け継いだだけで、誰もがそれぞれの母の血を濃く引いているのである。