第十一話
急な怪我や病気で手が足りないと、リュオンはよく助けを求められた。
まして報酬を問わないとあれば、療養所でなくとも声がかかる。
いかにディザが都といえど、手術が行なえる医者は人数が限られてくる。
この日も、どうしてもと療養所の使いの者に駆け込まれ、リュオンは慌てて診療所を飛び出した。
「マリアーナ、エセル。戸締りしておいてくれ。」
荷馬車の事故が起き、何人もの怪我人が出たという。
きっと数日は帰ってこない。
「お父様の往診日、そろそろではなかったかしら。」
マリアーナが気になったように言う。
「待っているかもしれませんね。王宮まで伝えに行ってきます。」
「一人で大丈夫?」
「平気ですよ。姉上は先にお手伝いに行ってください。」
通行証を持って、王宮へと向かう。
以前、暮らしていた場所だとわかっていても、さすがにエセル一人だと気後れがある。
廊下の途中でルーデンに出会い、メイティムの部屋まで付いてきてくれた。
「陛下。リュオン殿下のお使いで、エセル殿下がお見えです。」
「一人で?」
メイティムが少し意外そうな顔をした。
「良く来てくれた。エセル。皆、変わりないか。」
「はい。父上のお加減はいかがですか。」
エセルはリュオンが普段使用している問診票を取り出した。
容態を聞いて帰るつもりなのだ。
「リュオンに頼まれたわけでもないだろうに。」
「ええ。でも姉上も心配してます。兄上だって、きっとそうです。」
屈託のない笑顔。
診療所の様子を聞くと、素直に答えてくれる。
忙しいながら、充実した毎日のようだ。
「兄上は昔と同じに優しいです。」
マリアーナとエセルの前では、変わらぬままに接している。
メイティムには医者の顔しか見せないことを、エセルたちは気付いてないだろう。
「父上、お大事になさってくださいね。」
エセルが帰る頃、カルナスとファーゼが歩いてくるのが見えた。
「まったく、こんな時期に使者が来るとは…。」
「シャルロットにでも行かせるか。あの国は王女三人だ。」
手に書類を持って話しているのが聞こえる。
柱の影になったエセルの姿をカルナスが見つけ、近寄ってきた。
「エセル。今日は一人か。珍しい。」
「はい。兄上が来られないので。…何かあったのですか。」
難しい表情をしていたのが、気にかかった。
「ちょっとな。ちょうど会議が終ったところだから。今から一休みなんだが、良かったら…。」
カルナスが言い終わらない内に、
「あの、今日は急ぎますので、失礼します。」
頭を下げて、エセルは少し足早に離れていった。
末弟の後姿を眺めつつ、
「逃げられたか。」
「やっぱりリュオンでないとダメですか。」
カルナスとファーゼはお互い苦笑し呟いた。
会議が終ったばかり、とカルナスが言っていたが、エセルは何人もの貴族達の声を耳にした。
「同盟の前に偵察が先か。」
「一体、誰が行くことになるやら。」
「表向きは姫かも知れぬぞ。」
どうやら国政に関わる問題が起こっているようだった。