翌日から早速、エセルは王宮から診療所に通った。
 せめて生活に慣れるまで休んでも良いとリュオンは言ってくれたが、やることがない。
 いや、やることがわからないのだ。
 カルナスもファーゼも連日会議らしい。
 公務に追われているのか、病み上がりのメイティムも交えて話し込むこともある。
 診療所から帰ってきたエセルをカルナスとファーゼが労いに部屋に来た時、エセルは思い切って言った。
「私ではいけませんか?」
「え?」
 唐突な物言いに二人とも意味がわからない。
「他の国に姉上が出向かれるのでしょう。」
「誰から聞いた!?」
 ファーゼが驚く。
 現在、ある国に使者を立てる話があることを、帰って間もないエセルが知ってるとも思えなかったのだ。
「ごめんなさい。偶然聞いてしまって…。」
「エセルは気にしなくていい。」
 そうカルナスに言われても、エセルの不安げな表情は消えなかった。
 だが二人の兄はもっと動揺した。
 リュオンの耳に入ったらどうなるか。
 話を聞いたメイティムも、当然真っ先に頭に浮かんだことだ。
「まさかエセルがそのようなことを…。」
「はい。ですが、エセルに行かせるくらいならシャルロットでしょう。」
 レポーテに以前から親交のあるラジュアから、改めて同盟を申し込まれたのは最近のことである。
 取り立てて珍しい話ではないが、面倒に巻き込まれたくはない。
 ラジュアに何か事情があるのではないか。
 受けるにしても、直接ラジュアの様子を見聞きしたい。
 疑われないように誰か立場のある人間を使者にと、議論の最中なのだ。
 エセルが戻ってきたことを知った重臣は、
「適任といえば、適任です。」
と、賛成した。
「エセルは子供だ。ならば年上のシャルロットが行くべきだろう。」
 カルナスはメイティムに対してと同じ言葉を口にした。
「しかし姫です。」
「王子というなら、私が行く。」
「ファーゼ殿下では警戒されます。」
 万一、人質にされたらという思いがどこかにある。
 だからこそ、王族を国に出すことにはためらう。
 メイティムが徐々に公務を執るようになったとはいえ、今までカルナスと共に国政を支えてきたファーゼに何かあったら困る。
 本人が承知しているとわかれば、エセルが使者に立てられてしまうだろう。

 町には広まらなくても、宮廷内で噂になるのはあっという間だ。
 いつものように往診に来たリュオンが診療所に帰る前に、激怒して戻ってきた。
「エセル、帰るぞ!」
 重臣か貴族か、とにかく使者の話をどこかで聞いたに違いない。
「待ってください、兄上。私から頼んだんです。」
「まさか、このために還俗したのか。だったら冗談じゃない。」
 腕を引っ張られて、エセルは慌てた。
「ただ旅がしたいでけです。」
 言逃れかもしれない。
 だがリュオンはエセルの必死な表情に足を止めた。
「本当です。国を出たことなんてないし、これからも滅多にあることではないでしょう。」
「エセル…。」
 リュオンはようやく手を離した。
 同時に走るかのように、立去った。
 遠目から気付いたファーゼが、追いかけようとするエセルを、
「とにかく、ここにいなさい。」
 押しとどめて自分が後を追う。
 リュオンに詳しく説明しなくては誤解される。
 また姿を消されてしまうという懸念はぬぐい切れていないのだから。


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