第十二話
リュオンを追って診療所の戸を開いたファーゼが目にしたのは、テーブルで両手で頭を抱え込む弟の姿だった。
過去に見たことないほど、沈痛な面持。
一瞬、泣いているかとさえ思えた。
「まったくこうなることを恐れてたのに…。いつか人質に出されるんじゃないかって。」
「人質は考えすぎだ。」
リュオンはきっと顔を上げた。
「兄上達に何がわかる!一度修道士になった以上、私達はもう自害もできないんだ。ましてエセルは、騎士じゃない。」
「お前…。」
「この先、同じことがないと言えますか。重臣達を抑えられるだけの力があると。エセルを守りきれる人間が他にいますか!?」
リュオンの鋭い視線と語気にファーゼは言葉を失った。
長く王宮を離れていたエセルを政治には巻き込みたくない。
だが王子としての立場で動けば、止むを得ない事態も起こり得る。
ファーゼは黙って退き下がるしかなかった。
現在のリュオンには何を言っても通じないだろう。
そして反論できる自信もなかったのである。
ラジュアへの使者の話は、メイティムも承服しかねた。
「エセルの心遣いは嬉しいが、無理することはない。」
「いいんです。私は。」
今まで心配をかけた分、少しは役に立ちたいという気持ちがエセルにはある。
ただ口に出せば、余計気を遣わせてしまう。
カルナスやファーゼも首を縦に振りたくないのだが、重臣達は乗り気だ。
一向に沙汰止みにならないことを察したリュオンは、再度王宮に来た。
メイティムの部屋にカルナスとファーゼと呼んでもらい、
「どうしてもというなら、私が行きます。」
そう言った途端、
「兄上は駄目です!」
いきなりエセルの声が聞こえた。
往診日でもないのに訪ねてきたリュオンを見かけて、入ってきたのだ。
「いけません。兄上は町の人にも大切な方です。」
どれだけ多くの人々に慕われているか、短期間いただけでもわかる。
絶対に診療所は必要なのだ。
「でも末っ子のお前が表に出る必要はない。」
「私にも見聞を広める良い機会です。だから行きたいんです。兄上。」
エセルが原因で仲違いされても辛い。
リュオンが庇ってくれるのは嬉しいが、エセルが王宮に戻った意味がなくなってしまう。
それにリュオンは今でもディザに帰っていないことになっている。
姿を表せばいつまで医者が続けられるかわからないのだ。
いつも今日のように普段着か白衣だから、ほとんど気付かれないと言っていい。
長年宮廷に仕えていなくても、メイティムの顔を知る者であれば一目で親子と思うだろう。
「早く戻らないと患者さんが待ってますよ。」
エセルはまだ何か言いたそうなリュオンの腕を取って一緒に扉の外へ出て行った。
そもそも各国間で王族の表敬訪問は、さして珍しいことではない。
ただメイティムが病に臥せった時、王妃のデラリットは国政を仕切るような女傑ではなく、皇太子のカルナスもまだ十九歳。レポーテ国内を支える事で手一杯であり、片腕ともいうべきファーゼを国外に出すことはできなかった。
父王が本復すれば、第二王子のファーゼは御役御免を願っているが、今更外されることはない。
いまだメイティムが病み上がりである以上、代理である二人の王子が王宮を離れることは避けざるを得ないのだった。