リュオンが帰った後で、カルナスはエセルの部屋を訪ねた。
机の上に数冊の本が置かれているのを見ると読書中だったらしい。
そういえば王宮に戻ってからというもの、書庫に良く通っている。
「兄上。何か御用ですか。」
「用って…。弟と話をするのに理由が必要か。」
「すみません。そういうつもりでは…。」
エセルに謝られて、思わずカルナスは苦笑を漏らし、弟の肩にぽんと両手を置いた。
「もっと力、抜いてくれ。そんなに緊張されても困る。」
再会まで長く年月が経ったせいか、年齢が離れているせいか、どうも改まった物言いをされてしまう。
もっともエセルは昼間はリュオンの診療所、カルナスは執務室か会議室、顔を会わせる時間も少ないが、挨拶以外話しかけられた覚えがない。
昔からおとなしい性格で、末っ子なのに我儘でもなく、逆にシャルロットの方が甘えん坊だ。
「ラジュアの件、本当に良いのか。」
「はい。外に出てみたいんです。」
「だがなあ。本来、私かファーゼがするべきことを、帰ってきたばかりのお前にさせるのは、さすがにどうかと思う。」
「まさかリュオン兄上を?」
「王宮から離れてさえいなければ…な。」
リュオンが自分で行くと願い出たことには正直驚いた。
しかし使者が務まるかとなると話は別である。
無愛想のまま行かれては、却って問題が起きてしまいそうだ。
「そのように心配なさらないでください。皆さん、私のことを子供扱いしすぎです。」
大人ぶった口調でも、あどけない笑顔がまだ幼い。
修道院生活で純真さに磨きがかかっていると思えば心配にもなる。
きっと人の言葉の裏側を疑う事など知らない。
「そんなに頼りないですか?」
余程カルナスの表情が不安げだったのだろう。
「いや…。」
エセルの問いにカルナスは慌てて首を振った。
違う、とは言い切れないが頷いては傷つくかもしれないではないか。
「兄上、あまり考えすぎないでください。」
「ありがとう。」
止めようとすればするほど、自分が行きたいと言い張る気だ。
カルナスはエセル本人の意思を察してしまった。
部屋を去ろうとして、歩きかけて立ち止まる。
「エセル。お前の兄はリュオンだけじゃないからな。私もファーゼも兄弟だ。一人で抱え込むことだけはするなよ。」
はっと末弟の表情が変わった。
その顔を見て、やはり、という思いがカルナスの胸をよぎる。
母が違うということで、エセルには遠慮があるのだ。
デラリットの子でもリュオンはローネの元で同じに育った感が強いからこそ、異母兄弟とわかっていても素直に兄として慕える。
カルナスは長兄として複雑な心境だ。
扉の外に出て私室へ向かう途中、
「何を難しい顔してるんですか。兄上」
背後からファーゼの明るい声が聞こえてきた。
「また考えすぎで悩んでいるんじゃ…。」
「エセルと同じこと言わないでくれ。」
「そうなんですか?」
廊下で話すことでもないので、二人とも歩みを進めた。
カルナスの部屋でソファーに座リ、エセルとの会話を聞いたファーゼは、
「仕方ないでしょう。リュオンと同じには簡単に思ってもらえませんよ。それに父上はともかく母上には『王妃様』と呼びそうになるくらいですから。」
口に出さなくても意識されているのだ。
正妃の王子と側室の王子だと。