メイティムは自分の子を差別するようなことはしないが、マリアーナとエセルは他の貴族達には色眼鏡で見られがちである。
 だからこそ、王宮からいなくなった後も大事にならずにすんだ。
「大体リュオンはエセルが生まれた時から、可愛がってたよ。」
 自分の下が二人とも妹だったこともあり、当時六歳だったリュオンは弟が出来たことを非常に喜んでいたことをファーゼは覚えている。
 六人兄弟の中で、リュオンと同じ色の瞳を持っていることが嬉しかったのだ。
「あとリュオンが気になることを言ってた。『いつか人質に出される』って。」
「まさかあの当時にそんな話が…!?」
 少なくともカルナス達は知らない、というより気付かなかっただけなのか。
 だが表立った諸外国との摩擦は今までにはない。
 会議の席に連なるには若すぎたリュオンがどれだけ内情に通じていたか疑問もある。
「まったく何を隠してるんだか。それほど信用ないか。私達は。」
「考えたくありませんが、あまり頼りにはされてませんね。私も兄上も。出奔する時でさえ、身一つで出て行ったんですよ。リュオンは。」
 部屋の調度品なり装身具なり持ち出して売り払えば、当面困らないだけの金品に換えることも可能だったのに。
 却ってそうしてくれた方が、ろくに荷物がないより安心できた。
 マリアーナとエセルも自分の身分を覚えていながら、帰って来なかった。
 リュオンがいない王宮にはいられなかったのかと思うと、さらにやるせない。
「私も今度リュオンの診療所、見に行きたい。」
「レナックが言うには別人だそうです。私が捻挫した時は、随分生意気な医者だと思ったようですし。」  
 ファーゼは苦笑を禁じえない。
 急患と入ってきた人間がファーゼと気付いたからこそ、リュオンは素知らぬふりをしたかったのだ。
 仮にリュオンをラジュアに行かせたとしても、王宮に留まることはないだろう。
 エセルがいる以上、簡単に都を離れることはしないにしてもだ。
「何だかこちらが人質にしてる気分だ。」
 思わずカルナスが不機嫌そうな顔をする。
「案外、エセルはその気でいるかもしれません。」
 父と兄達の間の溝にエセルも感付いて当然だ。
 多感な年頃の少年としては見るに忍びない面もあるだろう。
 ふとカルナスは過去を振り返る。
 いつからリュオンは実母のデラリットではなく、ローネの近くで暮らすようになったのか。
「マリアーナとエセルが生まれてからでしょう。」
「いや、違うな。確かあの子達が生まれた時、私達に報せに来てた。」
 ローネの生んだ姉弟と仲が良いから、自然と離れていったかのようだが、それ以前だ。
 メイティムは自分に似たリュオンの誕生をかなり喜び、頻繁に連れ歩いていたので、幼いリュオンをローネの元へ伴ったのだろう。
 子供のいなかったローネを不憫に思って、一時的にリュオンを預けたというなら話はわかる。
 ただ二人の子を儲けた後もリュオンは「母」とローネを慕っていた。
 よくよくおかしいのだ。
 ローネがデラリットと寵を争うような性格であったならともかく、王妃の王子を奪うような真似は到底できそうにない、側室としても影の薄い女性だった。 
「リュオン、母上の子だったよな。」
「ファーゼ。冗談でも言うな。母上が泣くぞ。」
 第一、カルナスがファーゼの手を引いてデラリットの見舞いに行った時、隣にリュオンがすやすやとゆりかごで眠っていた。 
 嬉しそうに微笑んでいたメイティムとデラリットの姿は、おぼろげながらにある。
「お前も弟が出来たって、はしゃいでただろう。記憶にないか。」
 さすがに三歳児の頃を訊かれても、ファーゼには答えられない。
 鮮明に覚えてるカルナスの方が不思議だ。
 もちろん理由がある。
 ファーゼが面白がってリュオンをつついて(本人は遊んでるつもりで)リュオンを泣かして、カルナスまで一緒に叱られたのだ。
 後年、擦れ違いを生じるとは夢にも思わない幼き日の出来事である。


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