第十三話
メイティムを交え、何度も御前会議が開かれた挙句、結局ラジュアへはエセルが赴くことになりそうだった。
即決しなかったのは、国王共々、カルナスとファーゼが難色を示し続けたせいである。
ただエセル本人に確認をという話に及んだ時、諦めざるを得なかった。
無理に会議の席上に引っ張り出したくないとメイティムは、
「それならば私が王子に言う。」
最初からエセルが行く気でいる以上、もう決まったも同然だ。
会議終了後、メイティムはエセルの元へ出向き、カルナスとファーゼは後姿を見送って、二人一緒に執務室に戻ると、カルナスはため息混じりに呟いた。
「当分、リュオンに会わせる顔がないな。」
ファーゼはリュオンが投げかけた、重臣達を抑えられるだけの力があるか、という問いが頭をよぎる。
「それ見たことか、と言われますよ。」
説き伏せられなかったのが事実だ。
ラジュアは王女が多くいる国だから、友好の意味であればシャルロットでも名目は立つ。
だがシャルロットは国外へ出たくない様子で、デラリットもさすがに不安そうだった。
兄が三人もいて、何故自分が、とシャルロット自身思うだろう。
ディザに帰っているリュオンの姿を目にしていれば、尚更である。
「どうしてリュオンお兄様ではなく、私なの?」
逆に問い返すに違いない。
翌日、いつものように診療所に手伝いに行ったエセルは帰る時間になって、リュオンとマリアーナに、
「今度、ラジュアに行ってきます。」
「やはり、お前か。出発はいつ?」
聞いたリュオンは、大して驚かなかった。
「日程はまだですけど。」
「おそらく近い内だろう。準備で忙しくなるから…。」
もう来なくてもいい、と続くのがわかったらしく、
「はっきりするまで、ちゃんと来ます。では、また明日に。」
短く挨拶して、戸を開けて帰って行ってしまった。
「人の話を最後までかないとは、仕方のない。」
「お兄様は過保護すぎですわ。エセルにも私にも。」
すぐそばに立っているマリアーナが微笑んだ。
いまだに二人を幼い子供とリュオンは思っているのでは、とさえ思う。
リュオンが血相を変えて怒鳴り込んできた、とエセルに聞き、自分達の前で声を荒立てた記憶がないことに気付いた。
快活で、面倒見が良くて、頼りになってというリュオンの性格は、患者への接し方からも変わってないことがわかるのに、王宮では雰囲気が異なる。
時折、昔の話にもなるが、ローネの名は出てきても、リュオンにとって、まぎれもない両親と兄妹、他の家族の名前はあまり口にしない。
メイティムの往診でも、長居したくないようである。
マリアーナもエセルも、王宮での悲しい思い出はローネの死だけで、他に思い当たらない。
側室だったが故に、ひっそりとしめやかに執り行なわれた葬儀。
泣きじゃくるマリアーナとエセルをずっと抱きしめてくれたのも、リュオンであった。
「これからは私が守るから。」
その言葉がどんなに心強く、安堵したことか。
母を失った寂しさを拭いきれない中、リュオンの前でだけは甘えていられた。
まさしくリュオンの庇護の下にいたと言って良いほどである。
随分大人びた印象ばかりが強いが、考えて見れば、当時はリュオンとて少年。
きっと手を焼いたこともあっただろうに、そんな素振りさえ見せようせず、いつも側にいてくれた。
離れ離れになってしまった雨の夜まで。
何故とは未だに聞けずじまいである。