第十四話
末息子のいなくなった王宮でメイティムは空疎な気持ちを感じていた。
少し前までと同じ日常に戻っただけなのだが、毎日朝晩、
「お加減いかがですか?」
というエセルの声が聞こえない無いのは寂しい。
時々、扉を見つめてはため息が出てしまう。
(やはり行かせるべきではなかったか。)
そう思っているのは、メイティムだけでなくカルナスとファーゼもだ。
どことなく元気がなくなった父の姿を見ては尚更である。
妙にぎこちない雰囲気が漂う日々を過ごしていると、ふいにマリアーナが訪ねてきた。
「お父様。お変わりありませんか。」
久々に見る愛娘の顔にメイティムの表情も明るくなる。
かごを手にしているところを見ると、用事の途中らしい。
「お兄様はお忙しくて…。」
「大方、エセルが帰国するまで王宮には来ない気だろう。」
メイティムの言葉にマリアーナが困惑したように黙ってしまう。
出立の前日、王宮から帰るとリュオンが、
「当分、行く必要ないな。」
と半ば独り言のように呟くのを聞いているからである。
「出来るだけ私、お見舞いに参ります。」
「時間があれば、で構わぬ。ありがとう。マリアーナ。」
きっとリュオンには内緒でのことに違いない。
隠さなくても、あえて止めることはしないだろうが、何も言わないことと快く思っていることとは
別問題である。
遅くなるとリュオンが心配するからと、早々に引き上げていくマリアーナの後ろ姿に、メイティムは
口に出してしまいそうだった。
「王宮に戻る気はないか。」と。
自分の娘と暮らしたい。
ただ、それだけのことなのだが、リュオンが聞けば、
「今度はマリアーナをどの国へ行かせる気ですか。」
また王宮に乗り込んでくるだろう。
メイティムでなくても、年若いマリアーナが修道服に身を包んでいることは、カルナスやファーゼに
とっても見るに忍びない。
年齢の違わないシャルロットがお茶会があるといってはドレスを新調し、音楽会だといっては着飾っているだけに尚更である。
普段はベールで隠れているが、エセルと同じマリアーナの金髪には明るい色の服が、さぞ似合うはずだ。
すでにリュオンとエセルが還俗しているから、もしかしたらという希望はある。
マリアーナとエセルが王宮で起居するようになってくれれば、リュオンもいずれという考えは甘いかも知れないが、顔を出す機会は増えるだろう。
今更、リュオンに医者をやめろというつもりはない。
何よりも王権さえ届かないモンサール修道院の後ろ盾があるのだ。
もしリュオンが駆け込めば身分を知っても、メイティムが引渡しを要求したところで、庇いきることが出来る場所。
再度、マリアーナとエセルを連れ出されたら、どうにもならない。
聖職者にとってナティヴ修道院長の名は国王であるメイティム以上に効力があるといっていい。
どこの教会や修道院でも匿ってしまう。
何年も会えなかったことをを思えば、せめてディザの都にいることが救いだ。
還俗したエセルが王宮にいる限り、マリアーナとリュオンも離れないでいてくれる気がする。
本当に子供の頃から三人一緒だった。
宮廷内部の人間ですら同母の兄弟と錯覚するほどに。
リュオンは弟妹を決して単独で行動させることはしなかった。
他国へ赴いたエセルの身を人一倍案じているのは、疑いようがないことなのだ。