外壁に囲まれたラジュアの都、トルン。
中心地は平坦な道だが、王宮が高台にあるため、エセルは緩やかな坂道を馬車で揺られていた。
街並みはディザと大して変わりはないが、坂と階段が多いようである。
まだ陽が高いため、もっと街中を見て歩きたいが、勝手な行動も出来ず、真っ直ぐ王宮の門を
くぐることになった。
常緑樹が続く道に、バラのアーチ、目の前に広がる花の庭園。
趣向は異っても王宮の造りは、案外似た様なものなのかもしれない。
さすがに廊下で左右を見渡しては、落ち着きがないと誤解されてしまう以上に、初めての他国の
王宮に踏み入った緊張感があった。
通された部屋の正面にラジュア国王。
玉座から立ちあがったのは、王子のエセルに対しての敬意を払ってくれてのことだろう。
「国王陛下にはご機嫌麗しく、お目にかかれて光栄に存じます。レポーテ第四王子エセルと
申します。滞在期間中、何卒よろしくお願い申し上げます。」
「長旅はお疲れではなかったか。我が国には王女しかおらぬ故、いささか退屈かも知れぬが、
後で案内でもさせよう。」
隣に控えるように立っていた女性が会釈を返してきた。
「第一王女のシェレンです。ようこそおいでくださいました。エセル殿下。」
きらめくような金の髪に、水色の瞳。
年齢はマリアーナかシャルロットと同じくらいか。
少なくともエセルより年上だ。
シェレンがこの場にいるのは、すでに王妃がいないためと世継ぎであるからだろう。
もっとも少年のエセルの来訪にラジュアの重臣は良い顔をしない者もいた。
先に話をした同盟の使者であるならまだしも、あくまでエセルの見聞を広める目的を兼ねた
表敬訪問なのだ。
「よりによって末っ子を寄越すとは。」
「しかも妾腹の王子というではありませんか。」
不満気な臣下とは別にラジュア国王ロテスはためいき混じりに呟いた。
「第四王子…か。」
一人も男子に恵まれなかった王としては羨ましい話である。
ロテスの王女は三人。
十六歳のシェレン、十三歳のエリーカ、十一歳のユミア。
もちろん娘達は可愛いが、世継ぎとなると話は違う。
周囲は側室を勧めたが、
「とうとう男の子を生めずに申し訳ありませんでした。」
最後まで責任を感じながら息を引き取った王妃の痛ましさにロテスは王子を諦めた。
幸いシェレンは才媛であり、声高に異を唱える者はいないまでも、女王となると宮廷内部だけで
なく、諸外国に侮られはしないかという懸念がつきまとう。
レポーテへの使者も近隣国と対峙することがないようにとの布石だったのだ。
音沙汰なしよりは良いが、エセルでは政治的な話は出来ず、権限も与えられていないだろう。
せいぜい穏便に帰国して、ラジュアが安定した国情であることを報告してもらうしかない。
年齢が近いせいもあり、エセルはもっぱら王女達と接する機会が多くなる。
始めの内は、エリーカもユミアも人見知りされたのか、あまり会話が進まなかった。
姉妹しかおらず、あまり同年代の男と親しく言葉を交わすことに慣れていないためだったが、
エセルの柔和さに打ち解けてくれるようになっていく。
二人の妹姫の前でシェレンが姉らしく振舞っているのを見ると、ついレポーテの兄弟が脳裏に
浮かぶ。
さほど年の離れていないエセルでさえ、年下の姫達に対し、妹がいたらこんな感じだろうかと
思うのだから、結構差が開いているリュオンに子供扱いされるのも無理はない。
ましてカルナスやファーゼにすれば、もっと幼く見えるだろう。
エセルは遠く離れた地で、自分がしっかりしようと背伸びしているにしか、兄達の目には映って
いないのだと、改めて実感するのだった。
第十五話 TOP