第十五話

 
エセルは修道院や教会、王立図書館などを視察する以外、王宮では王女達と散歩やお茶を
楽しんでいた。
 近くの花畑へ馬車で揺られていくこともある。
「何だか申し訳ないようですわ。このような所ばかりで。」
 シェレンは付き合せてしまっている気がするらしい。
「どなたかと遠乗りに行かれた方が殿下には、面白いのではありませんか。」
 遠乗りと聞いてエセルは首を振った。
「いえ、乗馬は得意ではありませんので…。」
 口ごもりながら答えた後、
「兄達は武芸も達者です。」
 慌てて付け足した。
 兄弟全員、エセルのようだと誤解されては、彼らの名誉に関わる。
 実際の所、カルナスは才智に秀で、リュオンは医者になり、好きで嗜んでいるのはファーゼ一人
なのだが。
「お兄様方とは武術の稽古はなさいませんの。」
「かなり年が離れていて、私では相手になりませんから。すぐ上は姉ですし。」
 まさか修道士だったとはシェレンに言えない。
 エセルは同じ年頃の子供より小さかったせいか、王宮にいた頃もほとんど武術指南を受けた
ことがないのだ。
 時々リュオンと王宮の馬場に出たこともあるが、それも「馬に乗せてもらっている」といった方が
正しかった。
 一緒に遊ぶ時はマリアーナもおり、庭園で散歩しながら日向ぼっこという感じも多かった気がする。
 思えばリュオンは良く相手をしてくれたものだ。
 教師と向かい合わせに座っている姿を見た覚えさえあるから、リュオンが勉強中も同じ部屋に
いることもあっただろう。
「…甘やかされていたんですね。」
「そうかもしれませんわ。母もおりませんし、妹達は子供ですもの。」
「違います。姫のことではなくて、私自身です。いつも面倒ばかり見てもらっているのを思い出して。」
 エセルはシェレンの勘違いを訂正する。
 仲の良い三姉妹が自分達と重なってしまっただけなのだ。
「でも国外への視察など大変なことですわ。」
 王族が一歩、国を出れば外交性を帯びる。
 どのような事情であれ「使者」と目されるのだ。
 エセルが王子である以上、政治的な見方は避けられない。
「姫こそご立派です。妹姫のお相手だけでなく、陛下の手助けをなさっているのでしょう。」
 シェレンはいずれ国の要になる。
 王女だからと国政に無関心であってはいけない立場だ。
「あの子達はこのままでいてほしいと思います。」
 エリーカとユミアを見つめ、微笑んだ瞳に、ふっと寂しさがよぎる。
 せめて母である王妃がいれば、甘えることもできたかもしれない。
 たおやかな外見より大人びているが、シェレンもまた十六歳の少女なのだ。 
 エセルがかけるべき言葉を見つけ出せないでいると、エーリカとユミアが近寄ってきた。
「はい。お姉様の分。」
 草花で編んだ花の首飾りをエーリカがシェレンの首に通す。
「はい。殿下。」
 ユミアもエセルに笑顔を向ける。
「私にもですか。」
「花はお好きではありませんか。」
「とんでもありません。ありがとうございます。姫。」
 花の首飾りに花冠。
 マリアーナも作るのが好きだった。