花摘みに出かけた懐かしい思い出。
何年か前の光景が甦ったかのようだ。
「私も作ったことがあります。これほど上手ではありませんでしたが。」
エセルが言うとユミアが嬉しそうな顔をし、
「私は得意なの。教えて差し上げますわ。殿下。」
エセルの手を掴んだ。
「お姉様。ご一緒に作りましょう。」
エリーカもシェレンを誘う。
「ええ。でも殿下は殿方ですよ。」
「構いません。」
エセルは明るく答えた。
少なくとも乗馬よりは性に合っている。
童心に返ったつもりで時間を過ごし、帰り際になって首から花飾りを取ろうとした。
さすがにこのまま馬車に乗って王宮には戻りにくい。
「外れませんか。」
エセルが頭から抜けないでいるのを見て、シェレンが後ろに回ってくれる。
「何かに引っかかっているようですね。ペンダントでも付けていらっしゃいますか。」
手際よく首飾りを取り外して、エセルに渡した。
「ありがとうございます。鎖に絡んでしまってましたか。」
シェレンと並んで歩きながら、エセルは服の中から十字架を取り出す。
「あら、二つも?」
「一つは兄の物です。初めての長旅なので、心配して貸してくれたのです。」
「優しいお兄様ですのね。」
「はい。優しくて頼りになります。」
「殿下もご兄弟と仲が良さそうですね。」
「こちらのご姉妹と同じくらいに。」
リュオンといると離れていた年月など、まるでなかったかのようにさえ感じてしまう。
エセルは屈託のない笑顔をシェレンに向けた。
ラジュアの街並みや公園、音楽堂、王立学校という場を見て回れるのは、エセル本人も
有意義に感じるのだが、騎士隊の錬兵場や閲兵式は興味の問題ではない。
軍備・兵力の規模というのは、国家にとっての関心事である。
エセルに基準がわかるはずもなく、ただ熱心に見入ってるだけになってしまうのだが。
しかしエセルが持つエリーカやユミアとひけをとらない純粋さを、育ちの良さだけで説明が
できるのか不思議に思うラジュアの人間もいた。
六人兄弟の末っ子で、年の離れた兄が三人もおり、すぐ上は姉が二人となれば、穏やかな
性質になるだろうが、まるで無防備である。
レポーテでは警戒心という言葉を必要としないのか。
何か言われた時には随行した者は必ず返答が決まっていた。
「殿下は静養先で過ごした経験がおありなのです。」
だから世事に疎くても仕方がない。
レナック以外は本当にそうだと信じている。
健康そうであっても、色が白く線が細いエセルは、子供の頃、身体が弱かったといえば、
確かに納得するに充分だ。
学者達とも顔を会わせる機会もあったのだが、彼らの見解はまた異なる。
エセルの年齢に似合わぬ知識の深さだ。
好意的に「法律家にふさわしい王子」という評もあった。
豊かな知性と公平なものの見方。
おそらくエセルには策をめぐらす事も必要とされる外交より、秩序によって道理を説く司法が
向いている。
ロテスや大臣と話をしていても、内情を探りにきたという様子は感じられない。
演技だとしたら相当な役者だ。
宮廷に長くいれば、油断がならない人間かどうかの見分けはつく。
エセルはまぎれもなく人を騙すことのできない人種であった。