第十六話

 エセルがディザに入り、王宮まであと僅かという距離で、勢い良く走ってくる馬が見えた。
 不審に感じたレナックが馬車の先に馬を進め、確認した人影に唖然とする。
 相手も気付いたらしく、
「予定通りだな。」
 朗らかなに声をかけてきたのはファーゼだった。
「殿下。遠乗りですか。」
「かわいい弟の出迎えに決まってるだろう。」
 速度を落とした馬車の横に馬を並べ、異変を察し、窓から顔を出したエセルに笑顔を向けた。
「お帰り!」
「兄上!?」
「元気そうで良かった。」
 エセルの顔を見て、ファーゼは馬を返そうとした。
「兄上、お一人ですか。誰か一緒に…。レナック卿!」
 エセルが前方にいるレナックに叫ぶと、ファーゼは首を振る。
「慣れてるからいい。」
 再度、駆け始め振り返った。
「レナック。今の任務はエセルの護衛だから、付いてくるな。」
 追いかけようとしたレナックは思わず手綱を引いてしまった。
 王宮に無事送り届けるまでが道中だ。
 エセルが心配そうに顔を覗かせているので、
「多分、大丈夫でしょう。時々お忍びで出かけられていますから。」
 苦笑しながらレナックは言った。
 
 ファーゼは真っ直ぐ帰らず、思い立ってリュオンの診療所へ方向を変える。
 エセルが帰国したと耳に入れていけば安心するだろう。
 だが戸口には「往診中」の札がかかっていた。
(忙しいというのは本当なんだな。)
 せめてマリアーナが留守を預かっていれば伝言を頼めるが、不在なら仕方がない。
 ファーゼ小さくため息をついて引き返したのだった。
 
 遠回りしたとはいえ、エセルより一足先に王宮に辿り着いたファーゼは奥で待っている家族の
元へ走りこんだ。
「もうそこまで来てますよ。」
「ではお茶の準備をしておきましょう。」
 デラリットが嬉しそうに微笑んでソファーから立ち上がり、メイティムも帰国の挨拶をすぐ受け
られるように居間から出て行った。
 ほどなく馬車が到着し、
「ただいま帰国いたしました。」
 目の前に現れたエセルの姿にメイティムは安堵し、疲れているだろうから報告は後程、と
退出させると、廊下ではカルナスとファーゼが待ち構えていた。
「兄上。先程は…。」
 エセルが言い終わらない内にファーゼが肩を抱きしめて、頭をくしゃくしゃに撫で回す。
「本当にお疲れ様。」
「ちょっと、あ、兄上。子供じゃないんですから。」
「ほら、嫌がってるじゃないか。」
 赤くなっているエセルをカルナスが引き離した。
「お帰り。エセル。」 
「はい。ただいま戻りました。」
 カルナスはエセルの乱れた髪の毛を手で直しつつ、
「着替えたら居間においで。お茶の用意がしてあるから。」 
 久々に会う弟に笑顔で言った。
「まだ挨拶が終わってない所が…。」
 エセルは頷きかけて、困惑したような表情を見せる。