翌日の午前中。
 エセルが出向くまでもなく、リュオンとマリアーナが王宮にやってきた。
 早い時間に部屋を訪ねられて、エセルも驚く。
「お帰り。お疲れ様。エセル。」
「エセル。お帰りなさい。」
 二人とも嬉しそうに微笑んでいる。
「挨拶が遅くなってしまって…。昨日、ラジュアから戻ってきました。」
 エセルは律儀に頭を下げると、首に手を回した。
「兄上。ありがとうございました。」
 右の手の平に十字架を乗せて差し出すと、リュオンは鎖を自分の首に移した。
「ほんの気休めにしか、ならなかっただろうけど。」
「そんなことありません。ずっと兄上が側にいてくれたようで、心強かったです。薬箱はいただいて
良いですか。勉強にもなりますし。」
 エセルが真剣な風なので、思わずリュオンも照れてしまう。
「あげるために調合した物だから。診察に行ってくる。マリアーナはここで待ってていいよ。」
 リュオンは一人で鞄を提げて、扉を開く。
 廊下の向かい側から歩いてくるファーゼを見つけ、
「兄上。昨日はありがとう。」
 一言、手紙の礼を延べた。
(リュオンから話しかけてきた上に、笑ってる。)
 一瞬、ファーゼが呆気に取られている隙に立去られてしまったが。
 自然とリュオンは態度も柔らかくなっているようで、メイティムでさえ、
「今日は機嫌が良いのだな。」
 口に出してしまう。
「そう、ですか。」
 何故か本人は気付いてないらしい。
 余程エセルの顔を見て安心したのだろう。  
 リュオンの和やかな表情に、メイティムの顔も綻ぶ。
 久しく目にしなかった息子の素顔。
 確かにマリアーナとエセルの目には昔と変わらないと映るはずだ。
 リュオンは誰よりエセルの無事な帰国を喜んでいるのだった。

 エセルは退出するリュオンについて行くつもりだったが、
「長旅をしてきたんだ。当分休みなさい。土産話は後でゆっくり聞くから。」
 そう止められてしまった。
 仕方なく諦めたエセルは幾つかの瓶が入ったかごをリュオンに渡す。
「花のお茶です。特に薔薇のお茶は香りが良いですよ。」
 もちろんラジュアの土産だ。
 王女達と過ごしたお茶の時間に出されたものと同じである。
 エセルに話を聞いたファーゼはリュオンに飲まされた薬湯の味を思い出した。
「一体、診療所で何飲んでる?白湯か。」
「ハーブティーが多いです。薬湯には砂糖や蜂蜜を入れてくれるんですよ。」
(私にはわざとだな。)
 平気な顔をしていたリュオンは慣れているに違いないのだから。
 飲み物はまだいいが、どんな食事をしてるのか。
 はやってはいるだろうが、儲かっていそうにはない。
 ファーゼがそれとなくメイティムに往診の報酬を聞くと、手術代以外は何も言ってこないという。
「今度エセルかマリアーナに食料、持たせてください。」
 ただでさえリュオンは不規則な生活を送っている。
 医者が栄養失調にでもなったら、笑い話にもならないではないか。
「絶対、貧乏です。」
 もしリュオンがいれば否定できなかっただろう。
 還俗したとはいえ、清貧を旨とする修道士気質が抜けていないのは、エセルだけでなく、
リュオンも同様なのであった。

 
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