エセルの帰国後、ラジュアとは同盟という具体的は約定ではなく、友好関係を保てれば良いと
いうのがレポーテとしての考えである。
 だが思いがけない方向へと話が進もうとしていた。
 最初メイティムは流してしまうつもりだったが、再三の使者に無視できなくなったのだ。
「エセルに縁談ですか!?」
 内々に話を聞いたデラリットはもちろん、カルナスとファーゼも目を丸くして驚いた。
「王女は年上でもあるし、エセルは若年だからと断ったのだがな。」
 ラジュア国王ロテスはエセルを世継ぎであるシェレンの婿にと言ってきたのである。
 婚約だけでもと随分熱心で、メイティムの返事が芳しくないため、さらには年齢が気になるで
あれば、エリーカでもユミアでもエセルが好きな王女をと使者を寄越す有様だ。
 さすがにファーゼも自分が代わりにと言える問題ではない。
 余程エセルは好感を持たれたらしく、シェレンの婿に他の王子をではなく、明らかにエセルに
自分の娘を娶わせたいらしい。
 いくらエセルが末っ子で四人の王子がいても、簡単に他国の婿養子にできるわけがないのだ。
「一体、姫君方はおいくつですの。」
 デラリットが改めて問い直した。
「一番上の姫は十六、下の姫は十三と十一だそうだ。何ならお前達考えてみるか。」
 目の前にいる二人の息子は揃って首を振った。
「そのような幼い姫、冗談ではありません!」
 確かにエセルに年頃の合う王女もいるので、一応、本人の耳にも入れなければならないと思い
つつ、もう一度カルナスとファーゼを見つめ直した。
「エセルは早すぎるが、カルナスとファーゼはむしろ遅いくらいか。皇太子が独身でいるのに、
弟から結婚話とはな。」
 もちろんメイティムに代わりに、国政を支えるのが精一杯だったせいだ。
「私のことは結構です。良い話があれば誰から結婚しても気になさらないでください。待っていたら
シャルロットの嫁ぎ先もなくなります。」 
 すでに妹のシャルロットも十七歳。
 貴族の娘としては、そろそろ嫁いで当然の年齢である。
 メイティムが伏せっている間に、子供達も成長した。
 エセルだけでなく、本気で皆の縁談を考えなくてはいけないようだ。

 メイティムもいつエセルに打ち明けようかと逡巡し、数日後、町に出かける前に挨拶に立ち寄った
エセルを呼び止め、椅子に座らせた。
「エセル。ラジュアの姫とは楽しくすごしたということだったな。」
「はい。皆様、優しくて可愛い方ばかりでした。」
 無邪気に答えるエセルに、メイティムは重ねて質問する。
「特に親しいとか、気に入った姫はいるか。」
「いつもご姉妹一緒でしたから、特にはおりません。」
 一瞬、間を置いてから、メイティムは言った。
「実はラジュア国王から、内密に縁談がきている。できればシェレン王女の婿にと望んで
おられるが、三人の内、お前の好きな王女を妻にいかがということだ。」
 エセルは驚きあまり、目を見張ったままだ。
 ようやく言葉の意味が確認するかのように、口を開いた。
「縁談って、結婚のお話ですか。私とシェレン姫が?」 
「姫とはいえ世継ぎ故、婿にきてほしいそうだ。でも他の姫がよければ、嫁にと。」
 突然のことで、エセルも何と答えてよいかわからない。
 シェレン、エリーカ、ユミアの面影が頭をよぎる。
 黙りこんだ末息子にメイティムはやわらかな口調で話しかけた。
「もし嫌ならきちんと私から断る。無理にとは言わぬから、安心しなさい。」
 しばらく俯き加減だったエセルは一言だけ、
「考えさせてください。」
 幾分小さな声で告げると、立ち上がった。
 廊下を歩いているエセルの姿を見る者がいたら、さぞ心もとなく映っただろう。
 真っ直ぐに進んでいると本人は思っているが、まるでふらついているような足取りだったのだから。

  第十八話 TOP