第十八話
明らかにいつもと違うエセルにリュオンは心配になった。
ぼうっとしてうわの空で、狭い診察室で診察台や衝立に足や頭をぶつけ、具合が悪いのかと
思えば、何ともないと本人は言う。
誰もいなくなった時に額に手をあててみれば、確かに熱はないようだ。
今になって疲れが出たのだろうか。
机の傍らの鞄を持ち上げて、
「エセル。往診に行くから一緒に来なさい。」
マリアーナは療養所の手が足りず帰してしまったので、戸口の鍵を閉める。
歩きながら着いたのは王宮だった。
「今日はもう休みなさい。」
リュオンは何か言いたそうなエセルを部屋に戻し、メイティムの私室へ行くと向かい側から、
歩いてくるのが見える。
「行き違いにならなくて良かった。」
ちょうどメイティムは公務を終えた後だった。
診察しても特に異常はなく、健康状態に問題はなさそうである。
「今日はエセルの様子がおかしかったので送ってきました。」
「やはりな。」
「朝からですか?気がついていたなら、来るの止めてください。」
少し怒ったようなリュオンに、メイティムは一瞬ためらったものの、いずれ知ることになると、
ラジュアからの縁談の申し込みの話をした。
「縁談って、まだ十四のエセルに政略結婚させる気ですか!?」
「もちろん本人次第だ。無理には勧めぬ。」
「両国の橋渡しにと言われて、エセルが断れるはずがないでしょう!」
声を高くしたリュオンにメイティムは静かに言った。
「エセルが自分の意思でなく承諾した時は、お前に預ける。」
「え…?」
リュオンが口ごもると、さらにメイティムは言葉を続けた。
「エセルとマリアーナを連れて、ディザから離れなさい。」
現在のリュオンなら、三人が別れることなく、医者として遠方の地へ赴くことも可能だろう。
メイティムの真剣な眼差しにリュオンは頷いた。
「覚えておきましょう。」
扉の外へ出たリュオンに、エセルが待っていたかのように近寄って来る。
「兄上、ご相談したいことがあるんですが…。」
内容を察し、エセルの部屋に立ち寄ると、カルナスとファーゼの二人もいた。
兄達を呼び集めてはみたものの、何と切り出してよいものか、エセルは迷っていたようで、
話をするまでには、テーブルに用意されたお茶が冷め切ってしまう時間を要した。
「実はラジュアの国王陛下から、シェレン姫との婚約の申し込みがあって…。」
三人が驚かないので、知っていたのかと思うと些か気が楽になる。
「確かに姫とは親しくさせていただきましたし、好きか嫌いかと問われれば、好きということに
なるのですが、急に結婚と言われても…。それに私は年下ですし…。」
とまどっているエセルに、カルナスが長兄らしく安心させようと言った。
「一日二日で返事ができることじゃないよ。決まった話でもないし、断ることもできるから。」
「そうそう。年が近いから、もし気にいった姫がいれば、というだけ。王族には良くある話だよ。」
ファーゼも付け加えるかのように言うと、リュオンが口を開いた。
「その事で頭が一杯になるのは仕方ないな。落ち着くまで、ゆっくりしてなさい。」
「いいえ。診療所にはちゃんと行きます。」
「じゃ、普通に歩けるようになったらでいい。見てて危なっかしいから。」
リュオンが鞄の中から、薬草の入った二つの袋を取り出し、テーブルの上の置いた。
「これが打ち身。これは傷薬。念ためにおいていくけど、転んで怪我しないようにな。」
今のエセルは、何もなくても躓きそうな感じなのに、王宮には階段もあれば柱もある。
いたる場所にある飾り物を壊してしまうのは一向に構わないが、破片で怪我でもしたら大変だ。
事情がわかったところで、リュオンは席を立った。