リュオンがエセルの部屋を出て間もなく、ファーゼが追いかけてきた。
「もう少し時間いいか。話の続きがしたい。」
連れて行かれたのは、カルナスの自室である。
降ってわいたようなラジュアからの縁談に二人とも納得しがたいようだ。
「もっと反対するかと思った。」
カルナスが言うとリュオンは憮然とした。
「反対に決まってるでしょう。こんな政略以外に何物でもない縁談。」
「一応エセルの人柄を見込まれてのことだから、一概にそうも言えないさ。」
「ファーゼ兄上!本気ですか。」
「もちろん。婿養子はともかく、姫を嫁に出しても良いとの申し込みだからな。大体一番上の
シェレン姫か?彼女の夫というなら、年の頃合考えれば、エセルじゃなく、リュオン、お前だ。」
「何で私が!?」
引き合いに出されて怒ったリュオンが、思わず両手でテーブルを叩く。
有り得ない話ではない。
エセルが第四王子で末っ子なのは知られていても、ただ婿を迎えるなら別に第三王子の
リュオンでも構わないはずだ。
どちらでも良ければ、生母が側室のエセルより、王妃デラリットの王子、リュオンを選ぶだろう。
カルナスはとりなすように、
「父上も最初は断った話だからな。エセルが否と言えば、受けないさ。」
ファーゼもカルナスの言葉に頷くと、真面目な顔でリュオンに告げた。
「もし勝手に婚約が進みそうな時は、エセルを連れて逃げてくれ。リュオン。」
これが言いたくて、カルナスとファーゼはリュオンを引き止めたのだ。
エセル本人がいなくなれば、縁談も立ち消えにならざるを得ない。
第四王子のエセルは好きな相手を、かなり自由に選べる立場だ。
還俗して、いきなり結婚では不憫すぎる。
「いいか。万一の場合には、だ。黙って消えるなよ。」
カルナスがリュオンに釘を刺した。
ある日突然いなくなられるのは、もうたくさんだ。
帰り際、内密にと念をおされたところをみると、二人だけの考えらしい。
偶然とはいえ、リュオンは父と兄から同じ事を聞かされることになった。
もちろんお互い知らないことだ。
いざとなったら、自分達で対処するために。
リュオンがいなくなった後、ファーゼはカルナスに自分の考えを打ち明けた。
「どうしてもいうなら、私がラジュアの婿に入る。」
「お前に婿養子がつとまるものか。」
カルナスは一笑に付してしまった。
「でも下の姫はエセルより幼いんじゃ、育つまで時間がかかる。婿なら遊んで暮らしてても
何も言われなさそうだ。」
却って今より楽ができそうだと、ファーゼは半ば本気らしい。
「でなければ、時期国王の座を条件にすればいい。逆に断ってくるさ。」
時期女王シェレンの婿ではなく、エセル本人を皇太子として迎えろといえば、 ラジュアとしても
態度を変えるだろう。
他国の人間に容易に玉座を明け渡すわけがないのだ。
「それでも良いというなら、真面目に私が結婚を考えるよ。姫も美人らしいし。追い出されたら、
戻ってくる。」
「簡単に言うな。」
追い出されるだけならましだ。
仮にエセルでもファーゼでも、国王の地位を約束され赴いたとして、果たされるかどうか。
ラジュアにとって欲しいのは、王家の血を引く世継ぎである。
シェレンとの間に子供が、それも男児が生まれれば、暗殺されかねない。
「兄上は他人事じゃないでしょう。早く父上に孫の顔みせてあげれば。」
「その内な。」
「世継ぎを作ってもらわないと、後々私が困るんですよ。」
「おい…。」
カルナスには耳の痛い話だが、事実である。
たとえ兄弟が多くても、次代へ繋ぐ役目を担うのは皇太子なのだから。