第十九話

 ラジュアから舞い込んだエセルの結婚話。
 国王自らの希望だが、当事者である王女達は知っているのだろうか。
 姉妹の内、誰でも良いなどという条件、女性にとって納得できるとも思えない。
 カルナスは考えながら言った。
「元々ラジュアの側からの申し込みだ。末の姫はわからないが、少なくともシェレン姫はご存知
だろう。」
 世継ぎの婿取りとなれば、普通の皇太子の結婚より慎重になるはずだ。
 それも他国の王子を迎えるということは、親交が深まると同時に、実権を乗っ取られる
危険性を帯びる。
 国主になる身が宮廷内に無用の勢力を呼び込みたいわけがない。
 逆に娘を嫁がすにしても、人質となる懸念はついてまわる。
 現在、諸国間の関係が安定した状態だとしてもだ。
「もし姫君方が知らないのでしたら、お受けできません。好きでもない男と夫婦などお気の毒です。」
「エセルだって条件は同じだろう。何も好きでもない姫と無理して一緒になることはないんだから。」
 リュオンの言葉にエセルはうつむき加減に答えた。
「私は、その、特に…。」
 白い頬が赤くなっているのを見て、ファーゼが身を乗り出す。
「もしかして、誰か心に留めた姫がいるのか。」
「いえ、だから、姫の気持ちがわからないと。まして私は年下ですし…。」
 エセルが年下になるといえば、相手はシェレンだ。
「お前の好きな姫を選べるんだぞ?エリーカ姫でもユミア姫でも。」
 ファーゼが確認のために、もう一度聞き返すと、エセルは顔を真っ直ぐに上げた。
「できればシェレン姫が…。姫が私で良いと言ってくれれば…。あの、もちろん他の二人の姫も
可愛いのですが、結婚となると、その…。」
 段々、自分でまとまらなくなってきている。 
 向かい側に座って話を聞いていたカルナスとファーゼとリュオンは唖然としてしまった。
 初恋、の二文字が兄達の頭に浮かんだ。
 ちょうど年上の女性に心を魅かれる年頃である。
 修道院から出たばかりで、家族以外で親しくした女性もなく、その上慣れない他国とあっては、
特別に映って当たり前だ。
「とてもしっかりした姫で、性格も容姿も全然違うのに、どことなく、その、母上に似た雰囲気が
あって…。」
 母上、と耳にすると、カルナスとファーゼも言葉を失ってしまう。
 王宮で暮らすようになって、口に出したことのないローネの面影。
 エセルが感じたのは、蜉蝣のような儚さか、包み込むような優しさか。
 本人には、ただ綺麗で優しいとしか説明できないとしても、明らかにシェレンにはエリーカや
ユミアとは異なった好意を抱いている。
「シェレン姫ではいけませんか。」
 急に皆が黙ってしまったので、エセルは心配になったらしい。
 しかし、当のエセルがシェレンを望む以上、養子に行くくらいなら、他の姫を嫁に貰えとは
反論できないではないか。 
「ラジュアの国王陛下は喜ばれるだろうな。」
 カルナスの声もどことなく低くなる。
「でも私は姫の本心を知りたいのです。」
 随分とエセルが熱心なので、ファーゼが頷いた。
「私が何とかしよう。」
「本当ですか。」
 エセルが喜ぶのとは対照的に、カルナスとリュオンはファーゼを怪訝な目で見やるのを、
知らぬ風を装い言葉を続けている。   
「任せておけ。」
 エセルが考え込んでいたのは、どうやって断ろうと悩んでいたのではなかったのだ。
 縁談が持ち上がったからこそ、自分の想いに気付いたのかもしれないが、それならばとファーゼは
協力する気になっていた。