とりあえずエセルの気持ちだけはわかったので、三人が揃って部屋を後にする。
「あんな安請け合いして大丈夫なんですか。兄上。」
 幾分非難がましいリュオンに、ファーゼは笑顔を向けた。
「初々しくて、かわいいじゃないか。どうにかするさ。」
「どうにか、ですか。じゃ、がんばってあげてください。おやすみなさい。」
 軽くため息をついて、もう用はないとばかりに、リュオンは歩き始めた。
 少し後から、カルナスが手にマントを持って追いかけてくる。
「外は冷えるぞ。」
 泊まっていけと引き止めたいが無駄だろう。
「お借りします。」
「今度はお茶の時間に顔を出してくれないか。シャルロットが会いたがっている。」
「エセルとはどんな感じですか。」
「随分、打ち解けてきてるよ。」
「そうですか。良かった。」
 ほっとした表情を見せ、そのままリュオンは去っていってしまう。
(やれやれ。相変わらずリュオンの頭にはマリアーナとエセルだけか。)
 リュオンは意図的にデラリットとシャルロットを避けている。
 冷たく扱えない分、とまどうらしい。
 きっとシャルロットに、ディザにいながら王宮で暮らさない理由を問われたくないのだ。
 姫として育ってきた妹には、貴族が嫌いだと言いかねるのである。

 二日後、エセルは晴れやかな顔で診療所に足を運んだ。
 話を聞いてもらったおかげで、すっきりしたらしい。
「ぶつからずに歩けるようになったか。」
「はい。ご心配かけました。兄上。」
 いくらか顔を赤くして答える。
「昨日、手紙を書いたんです。」
 ファーゼがメイティムやロテスを介さずに、シェレンに届くよう手配すると言ってくれたという。
 帰国してから挨拶文は出したものの、個人的にそれも恋文など書いたことはなく、エセルは
丸一日費やしたのである。
「早速、動いてるのか。ファーゼ兄上は。」
 リュオンは驚くと共に感心する。
 行動力に関しては兄弟の中で一番だ。
 執務室にも会議室にも出入りしているから、忙しいには違いないのだが、メイティムが公務に
携わるようになり、ファーゼが以前より時間を持てることも加わっている。
「まったく弟には甘いんだな。」
 自分の手伝いをしてもらえなくなったカルナスが、執務室の机の上の書類を整理しながら言った。
「出来る限りのことはしたいんです。今の内に。」
 ラジュアでなくても末っ子のエセルには、養子の話がこの先もあるかもしれない。
 いずれレポーテを離れる可能性があるなら、せめて本人の希望に添わせてやりたい。
「悩んでる弟に、兄として何もしてやれなくて、また後悔するのは真っ平です。」
「そうだな。」
 五年前のリュオンの出奔。
 いつ姿を消したのかさえわからなかったほどだ。
 再会した頃よりリュオンの態度も軟化したものの、当時の話には口を閉ざしてしまう。
 今にして尚わだかまりを残している。
「しかしリュオンもよく町医者で通るな。今でも貴族だとは知られてないのだろう。」
「エセルが還俗したから気付かれるかもしれないと言ってましたけど、どこの物好きでも道楽で
あの診療所の医者はできませんよ。」
 診療所の奥がそのまま居住空間になっている、質素を通り越した粗末な佇まい。
 生活水準は患者の多くと変わらない。
 白衣姿のリュオンしか見たことがなければ、平民の出だと思って当然だ。
 モンサール修道院の修道士だった経歴も大きいだろう。
 最近は腕が良くて無償だと聞き、ディザ以外からも患者が来るらしい。
「手助けしてやりたいが、王室の援助は断られるだろうか。」
「包帯なら受け取るかもしれません。」
「リュオンは昔から面倒見は良くても、世話を焼かれるのは好きじゃなかったな。」  
 次々と妹や弟が生まれて、甘えてる暇がなかったのかもしれない。
 大人となってしまっては、尚更だろう。
 カルナスとファーゼは、同じ年頃だったリュオンに対してどうすることもできなかった思いが、
現在エセルに向けられているのである。
 まして年齢が離れた異母兄弟だ。
 リュオン一人を兄として慕われたままでは、寂しく感じるのだった。