ラジュア国王ロテスは自分の王女との縁談を、メイティムの返答として必ずしも乗り気で
ないことに落胆を隠せなかった。
 一度申し込んだ以上、簡単に諦めるわけにもいかない。
 何となしに足の向くまま、シェレンの部屋を訪れた。
「お父様。あまりお顔の色がすぐれませんが、お疲れですか。」
 才媛として成長した自慢の娘。
 王子であったならと、何度思ったことか。
「いや。そうではないが…。レポーテとの話が進展が思わしくなくてな。」
「無理もありませんわ。エセル殿下は、まだ十四歳ですもの。お父様もどこかからユミアを
息子の花嫁にと請われたら、すぐにお受けしないでしょう。それに私は年上ですもの。」
 シェレン自身はエセルが年下でも気にはならないが、どうせなら妹達の夫に向いている
ようなのに、ロテスはシェレンに勧めてきた。
「お前にはいずれラジュアを支えてもらわねばならぬ。夫になる男はしっかりした頼りがいの
ある者とも考えたが、あの王子ならば一人の女としても幸せになれる気がしたのだ。」
「お父様…。」
「頭が切れるだけなら臣下にもいる。きっと心の拠り所になると思う。あれだけ真っ直ぐな目を
持つ人間は中々おらぬ。」
 エセルならシェレンを大切にしてくれる。
 父親の直感というべきだろうか。
 女の身で国王の座に就かねばならないシェレンには、才気走った者より、エセルの優しさと
純粋さが、時として必要なのだ。
 エリーカやユミアとも年齢的にふさわしいので三人の内の誰かと譲歩したが、やはりシェレンの
婿に迎えたい心境に変わりない。
「ちゃんと王子の耳に届いていれば良いが。」
 メイティムが即答で断ってきたのは、単にエセルが結婚に早すぎるというだけでなく、他国の
婿養子に出したくないからだと、ロテスにもわかる。
 末息子で第四王子であれば、国同士の問題として、もう少し考えてくれて良さそうなものだ。
 上の王子でもシェレンにつりあうだろうが、さすがに顔も知らない相手に振り替えたくはない。
「驚かれてるでしょうね。」
 言い交わしたわけでもないのに、帰国と同時に縁談を持ち込まれて、すぐに承諾できるはずも
ないだろう。
「お父様。少し王宮を離れても構いませんか。少し一人になってみたいんです。」
 シェレンはかつて母が静養で過ごした地名を挙げた。
 いつも幼い妹の世話をして、また世継ぎと目され、ロテス同様に忙しい日々を送っている。
 まとまるかどうかは別だが、結婚話が起き、気持ちの整理をつけたいのだろうと、ロテスは頷いた。
 
 シェレンの机には二通の手紙があった。
 ロテスの退室した後で、読み返す。
 共にレポーテから内密に届けられたものだった。
 差出人は一通はエセル、もう一通は兄である第二王子のファーゼの署名がある。
 エセルの手紙にはシェレンに対する真摯な言葉が文面に綴られており、ファーゼ手紙は
補足するかのような内容だ。
『弟は貴女の心中をおうかがいしたいと希望しております。是非、対面の機会を設けていただければ
忝く存じます。』
 手紙だけでなく、極秘に会いたいと言ってきたのである。
 無論、レポーテでもメイティムは知らない。
 ただトルンの王宮に出向くには、人目も憚り、日数もかかる。
 エセルやファーゼにしても、よくよくの決意があってのことだろう。
 何より国王のメイティムが賛成しかねているのだから。
 あくまでお互いの意思を尊重したいという気持ちが嬉しかった。
 シェレンは旅行の許可を得たことを、手紙にしたためたのである。


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