第二話
一人の旅人がある修道院へ運び込まれた。
馬の上に持たれかかり、意識もなく、行き倒れかと思われたが、まだ息があった。
若い、というより、少年だ。
「こんなになるまで…。」
担ぎこまれた先で、修道士が呟いた。
何日も彷徨ったと見え、服も汚れてぼろぼろだが、元は上質であるらしい。
剣を持っているからには、おそらく騎士。
何やら仔細ありげだ。
リュオンがうっすらと目を覚ました時、人の声がした。
「まだゆっくりおやすみなさい。」
低く優しい響きに、何故か安心して、再び眠りについた。
もう一度、目を開けた頃には、意識もはっきりした。
見覚えのない部屋。
古めかしい天井が瞳に映る。
顔を動かすと、修道服の人間がいる。
リュオンの世話をしていてくれたのだろう。
「ここは、どこですか…?」
「モンサール修道院ですよ。」
聞き覚えのある名。
都から離れた由緒ある修道院。
院長が徳の高いことでも知られている。
(もう、大丈夫だ。)
リュオンの胸に、安堵の思いが広がった。
すぐには動けなかったが、手厚い看護のおかげで、ニ、三日後に、にリュオンは元気になった。
病気ではなく、疲労と空腹が原因だったので、ベッドで休んでいる内に、自然と回復した。
リュオンが起き上がれるようになる頃、ナティヴ修道院長が見舞いに来てくれた。
穏やかで上品な面差し。
その高潔さは、国中の尊敬を集めているといっていい。
慌てて毛布を跳ね除けたリュオンに、ナティヴ院長は、そのままで、と制した。
「随分、無理な旅をなさってきたようですね。行く宛はあるのですか。」
リュオンは、黙って首を振る。
表情の曇った様子に、ナティヴ院長は、
「しばらく、こちらにいらっしゃってはどうですか。」
と勧めた。
まだ充分に体力が戻ったとはいえないようだし、何より幼さが抜けきらないリュオンが、ろくな荷物も持たず旅をしてきたのが、気にかかる。
リュオンもこの際、素直に甘える事にはしたが、何もせずに世話になるのは気がひける。
行き倒れるところを助けてもらった恩もある。
水汲みだの、荷物運びだの、色々と雑用をこなした。
モンサール修道院は、学問の場としても名高い。
敷地内に学問所や施療院も併設されている。
人の出入りを眺めるリュオンに、
「興味があれば、講義を聴いてみますか。」
とナティヴ院長は言葉をかけた。
「よろしいのですか。」
「もちろんです。学ぶ心さえあれば、ここは人を拒みません。」
喜んだリュオンは手伝いの合間に、講義に顔を出すようになる。
様々な分野があり、学術の研究機関として、数多くの学者を輩出している。
専門知識を得るために学問僧となった者もいる。
半月程の後、リュオンはナティヴ院長に、修道士になりたいという申し出のため、院長室の扉を叩いたのであった。