ナティヴ院長は驚きつつも、リュオンに椅子を勧めた。
「別に学問をしたいだけなら、修道士になる必要はありませんよ。」
 修道士以外に勉強だけが目的の学生や学者もいる。
 学問所が広く門戸を開かれている所以である。
「お願いします。」
 リュオンもわかっていてのことだ。
 頭を下げたリュオンに、ナティヴ院長は一つの質問をした。
「貴方は騎士ではありませんか。」
 剣を携えてきたからには、普通の少年ではない。
 短期間とはいえ、日頃の振る舞いを見ていても、相応の教育を受けてきた人間であるはずだ。
 一度、修道服を身に纏ってしまえば、簡単に還俗できない。
 まだリュオンは世と離れてしまうには、若すぎる。
「剣では…、力では人は守れません。」
 リュオンは言った。
 剣の腕を磨いてきても、結局、妹も弟も手離してしまったではないか。
 二人を預けたのも修道院。
 リュオンが偶然とはいえモンサール修道院に辿り着いたのも、神の導きとも思えた。
 二度と戻らぬ覚悟で王宮を出た。
 ならば、今までと違う自分になってみよう。
 リュオンの緑の瞳が真剣さを物語っていた。

 返事を保留にしてリュオンを部屋に戻したナティヴ院長は考え込んだ。
 リュオンは本気だ。
 深い事情があってのことに違いない。
 詳しい話をしないリュオンを受け入れることに、ためらいを覚える者もいるだろうが、
無理には聞き出せないことだ。
 身も心も疲れきってモンサール修道院に運び込まれたリュオンの姿だけで充分だった。

 再度、リュオンは翻意がない事を示すように、ナティヴ院長に自分の剣を預かって欲しいと
差し出した。
「二度と剣を持つ気はありません。」
 装飾の少ない剣の柄を眺めつつ。リュオンの言葉にナティヴ院長も頷く。
 リュオンの決心の固さを汲み取ったのだ。

 リュオンは正式にモンサール修道院の聖壇の前で、修道の誓いを立てることになる。
 王子の身分と一切の権利を誰に明かすことなく、放棄したのであった。


 ディザの都では騒ぎにもならなかったが、王宮の奥では深刻な雰囲気に包まれていた。
「私がもっと気をつけてさえいれば…。」
 王妃デラリッットが嘆きは、カルナスとファーゼも身にしみる。
 リュオン、マリアーナ、エセルは幾日経っても見つからず、病床の父にも隠し通せなくなった。
 三人が姿を見せないことに不審を招くのは当然である。
「リュオンが出て行ったか…。」
 メイティムは話を聞いて、誰に連れ去られたとも、事故だとも口にしなかった。
 驚いた後、寂しそうな目をして呟く。
 捜索は続けているが、公にできず人数も限られるのは仕方がなかった。

 ほどなく国王の三人の子が都を離れたと噂される。
 静養のためという名目で。