第二十話
王宮内にエセルがいる日は、教師も時間割も決められているのだが、ファーゼが勝手に
変更して、二人でいることが多くなった。
一応、残りは自分で教えるとは言っているが、カルナスならともかくファーゼでは勉強ではなく、
雑学だろうと思いつつ、年齢の離れた弟の面倒が見たいという心情を汲み取ってくれている。
エセルの予習復習を怠らない真面目さも信用された。
天気の良ければ、庭園や馬場にも良く連れ出している。
あまり疲れさせてはと、デラリットやカルナスが引っ張りまわされているエセルを心配したが、
メイティムは注意一つしようとしなかった。
外出が多くても診療所と往復するだけで、遊び方を知らないエセルにはちょうど良いのだ。
ファーゼが視察に行きたいと申し出てきたのは、そんな時である。
「息抜きか。」
「巡察ということにしておいてくださいませんか。」
メイティムの問いにファーゼは苦笑して答えた。
「たまには構わぬ。行ってきなさい。」
「ありがとうございます。」
素直に礼を述べた後で、付け加えるように、
「エセルを同行させたいのですが、よろしいですか。」
「エセルを?」
ラジュアから帰国して、日もまだ浅い。
メイティムは続けざまに王宮から出すことを訝しむような表情をした。
「先日の話以来、ふさぎこんでいるようですし、気晴らしになれば、と。」
「町にも出ているし、元気になったようだが…。」
「長く休めばリュオンも心配するから、気を遣ってるんでしょう。」
途端にメイティムは表情を曇らせ、呟いた。
「まったくエセルはいらぬ気遣いばかりして…。」
言動に思い当たるふしがあるのだろう。
「連れて行った方が良いかもしれぬな。」
「はい。では行程はこのようにお願いします。」
ファーゼは簡単に行き先をまとめた一枚の紙を差し出し、メイティムが目を通している間に退出して
しまい、呼び止める暇もなかった。
国境近くまでの広範囲。
かなり旅程が長くなりそうである。
どちらか一人なら、到底許可しえないのだが、ファーゼは着々と計画を進め、人員さえ自分で
手配し、誰にも反論の余地を与える隙がない。
些か強引の思えるほどで、エセルが不安そうな顔を見せると、
「心配するな。」
そう笑っているだけである。
あらかたの目途が立つと、エセルの迎えと称し、診療所までやって来た。
「当分、助手を借りるぞ。若先生。」
夕暮れにかかる頃、人目が少なくなる時間と、もちろん知ってのことである。
「もう決まったんですか。」
さすがにリュオンは驚きを隠せずに言った。
「細かい事は残ってるけどな。手間ををかけすぎるのは性に合わない。」
「兄上はそうでしょうけど、大丈夫なんですか。」
「少しは信用してくれ。」
二人の会話に、側にいるマリアーナとエセルの方がはらはらしてしまう。
そんな様子に気付いたのか、ファーゼはマリアーナに声をかけた。
「そろそろ帰るんだろう。送って行くよ。」
「近くですもの。平気ですわ。」
「若い娘が一人歩きをするものじゃない。」
ファーゼの言葉に、リュオンが遠慮するマリアーナを促した。
「どうせ、ついでだ。そうしてもらいなさい。」
たとえマリアーナが修道女のベールを被っていようと、ファーゼとリュオンの目には妹としか
映らないのは変わっていないのである。