一度、遠出をしているエセルの旅支度は、同じようなものをまとめ直せばよいだけなので、
楽なものだったが、ファーゼはあれもいらない、これもいらないと、せっかく荷作りしても、
自分で詰め直していた。
半分お忍びのような旅なので、必要最低限の荷物だけ持っていくつもりなのだ。
カルナスが部屋に様子を見に行けば、目立たない感じの服ばかりで、
「礼服はどうした。」
「一着あれば足りるよ。どうせ宿屋だから。」
「宿屋〜?」
近場にない時はともかく、王族の宿泊先は大抵、貴族の館が多いのだが、ファーゼが
他人の家で世話になるのは気詰まりだと、あまり立ち寄らないようにしたのだ。
「お前一人じゃないんだ。エセルがいるのに。」
「エセルも町場の方が慣れてて、気が楽だと言ってるよ。」
「くれぐれもエセル放って遊びに行ったりしないようにな。」
「ひどいな、兄上。どうせなら一緒に…。」
冗談に思えず、カルナスは言葉を遮り、釘を差した。
「盛り場を連れ歩くのも禁止!」
「わかってます。」
笑って答える弟をカルナスは半信半疑の目で見てしまう。
供の者にも良く言い聞かておくべきかと、本気で考えるのだった。
名目は視察旅行でも、ファーゼは堂々とディザを出られると、かなり喜んでいる。
羽目を外しすぎなければ良いと、カルナスもメイティムも、母のデラリットさえ思って
いることをファーゼ本人は知っているだろうか。
前日の昼間、マリアーナがリュオンから頼まれたと王宮にやってきた。
「この間より多いですね。」
エセルが薬の包みを受け取ると、手に重みがかかる。
「お兄様と二人分ですって。」
マリアーナが側に立っているファーゼを見上げた。
前の見送りに比べるとマリアーナの表情が明るいのは、国内でもあり、エセルだけでは
ないからだろう。
「お手紙も預かってきました。」
「リュオンから私に?」
ファーゼが手渡された手紙をしげしげと見つめた。
内容は旅の諸注意だが、真意はエセルに無茶をさせるなということが、ありありとわかる。
「心配するなと伝えてくれ。」
他に言い様もない。
「はい。」
マリアーナは微笑んで頷くと、
「気をつけて行ってらっしゃい。エセル。」
軽く頬にキスすると、ファーゼの隣に歩み寄って背伸びをした。
それでもマリアーナでは背の高い兄に届かないので、逆にファーゼが少しかがむような
感じである。
「お兄様も気をつけてくださいね。」
マリアーナからキスをされるなど、一体何年ぶりのことだろうか。
素直に妹の好意が嬉しい。
「ありがとう。」
返礼のように、華奢な肩をそっと抱きしめたのである。
本当は町まで送りたいのだが、まだ明るいからと、マリアーナは断った。
「修道女にお供はいりませんわ。」
自らの意思とはいえ、見る者によっては痛々しく感じてしまう。
一度修道服を纏ったリュオンやエセルは、心の中で思っていたとしても、きっと還俗を
口に出して勧めないだろう。
マリアーナの後ろ姿を見送った翌朝。
薄日の差す中を、
「行ってきます。」
そう元気にファーゼとエセルは、元気に旅立っていった。