できるだけ同じ方面にまとめたのだが、視察の予定は各地に散ばっている。
王室縁の教会、修道院、慈善施設、騎士隊の駐留所。
エセルもだが、ファーゼも名前しか知らない場所も多い。
「他にも行きたい所あったけど、仕方ないな。」
馬車の中で日程表を見て、ファーゼは呟いた。
「次の楽しみがなくなってしまいますよ。」
簡単にディザを離れられない身であれば、少しでも見て回りたい気持ちはエセルにも
わかるが、やっとディザを出たばかりだ。
「エセルはどこか訪ねたい場所は?」
ファーゼに問われて、少し考えた。
無論、機会があれば色々とまわってみたい。
自分も膝の上に、日程表と地図を広げ出した。
「そうですね。今回は方向が逆ですけど、モンサール修道院をこの目で見たいです。」
「モンサールか。」
「はい。学問が盛んなのでしょう?」
言うまでもなくリュオンが医学を修め、また修道士として四年間を過ごした場所。
格式ある修道院というだけでなく、学問所としても、世に広く名を知られエセルでなくても
興味をそそられる。
「そうだな。」
多分、リュオンが素直に言を聞き入れるだろう、ただ一人の人物がいる。
いつかナティヴ院長に会って話がしたいのは、王宮にいるメイティムに違いない。
旅は天候にも恵まれ、順調に進んだ。
兄弟二人というのも、楽しかった。
お互い率直な感想を述べられる相手がいることを喜んでいる。
時々、公園や広場と思しき場所で何かの催しがあれば、立ち寄って見物していた。
エセルは大道芸や吟遊詩人が珍しい。
ディザでも良く見かける光景だが、町へ遊びにでているわけではないので、滅多に目に
しないのだ。
逗留先が宿屋だと、食事時の会話も弾む。
もちろん普通より上等の宿で、一番良い部屋を交渉するのだが、まるごと一軒貸し切るような
ことはしなかった。
特に必要な以外は身分を伏せており、一日二日のことで、本人達も大仰にされたくないし、
少人数では宿にも迷惑だ。
傍目には貴族の子弟が仲良く旅行している風にしか見えない。
兄弟で領地の見回りの途中といえば疑う者はいないだろうし、事実である。
毎晩、次の日の確認を二人でするのだが、ある夜、テーブル全体に地図を広げ、念入りに
打ち合わせをしていた。
「いいな。国境沿いの間道を通れば、ラジュアに入れるはずだ。次に落ち合う場所はここ。」
ファーゼは地図を指差しながら、印を付けている。
「申し訳ありません。兄上に骨を折っていただいて。」
「こら、謝るんじゃない。私が好きでやったことだから。」
翌日の午後から別行動なのだ。
ファーゼが自分の信頼のおける人間を選んで随行したのも、このためである。
乗馬に慣れていないエセルを馬で送り出すことは不安が残るが、時間的な制約がある以上、
早い方が良い。
人目に付きにくい林道のはずれで二組となる。
エセルにはレナックの他、二人の騎士が付き添う。
「じゃ、気をつけて。幸運を祈ってる。」
「はい!」
エセルは一路、国境へと向かう。
ラジュアのある別荘には、シェレンが滞在し、エセルを待っててくれているはずだった。
第二十一話 TOP