目的地の少し手前の町で二人を待たせ、さらにエセルとレナックは林道を進む。
地図によると林を抜けきればすぐのはずだ。
視線の先に瀟洒な建物の一部とおぼしきものが見えた。
「あれだ!」
地図と一緒にシェレンが送ってくれた絵と良く似ている。
正門や通用門とは別に小さな門が裏手にあるということなので、木立に囲まれた別荘の
反対側を探した。
ほとんど人目に付かないだろう場所に蔦の絡まった格子が門になっている。
レナックに馬を頼んで、エセルは一人、中に入る。
そよぐ風に茂みの葉が立てる微かな音とは違うざわめきを、ショールを肩に庭に出ていた
シェレンは耳にしたような気がした。
ふりむくと周囲を彩る花々と異なる色と影が瞳に映る。
「あ…。」
異口同音に漏れる言葉。
シェレンとエセルは、お互い立ちすくんでしまった。
「本当にいらっしゃってくださったのですね。」
「はい。突然失礼しました。」
「嬉しいですわ。殿下。」
シェレンは首を振って微笑むとテラスへと案内する。
奥まった場所で大理石の椅子とテーブルが置いてあり、人目を気にせず話をするには
ちょうど良い。
「遠いところを、ありがとうございます。難儀はございませんでしたか。」
座って向き合うと、エセルは持っていた包みを差し出した。
「お土産というほどの物ではありませんが、その、女性を訪問するのに、手ぶらで行くなと
言われまして…。」
シェレンが袋を開けると、リボンが結んである木箱が現れた。
さらに布でくるまれた中のものを手に取ると、白っぽい風合いの植木鉢。
「本当は花を贈るものだと思うのですが、レポーテから持ってきたのでは枯れてしまうので…。
姫のお部屋に植木鉢があったのを思い出して作ってみたのです。」
「殿下のお手製なのですか。」
「これでも一番形良く出来たものを…。」
途端にエセルの顔が赤くなる。
シェレンは驚いて植木鉢を眺め続けている。
一番ということは、他にもいくつか作ったのだろう。
わざわざ他国まで来た挙句に贈り物まで自分で作ってきてくれるとは。
(本当に殿下は心を大切にされる方…。)
ありきたりの宝石でも布でも調度でもなく、想いが伝わってくる品だ。
父のロテスはエセルが夫であれば、シェレンが一人の女性として幸福になれると言った。
今まさに確信したような気がする。
「…花瓶の方がよろしかったですか…?」
シェレンが植木鉢を抱えたまま黙ってしまい、不安になったエセルは間抜けともいうべき、
見当違いの質問をした。
「ありがとうございます。大切にいたしますわ。」
シェレンは植木鉢を指から放そうとせず答える。
エセルに向けられた笑顔は眩しいくらいだ。
喜んでもらえたと思えば、エセルの表情もほころぶ。
目の前のシェレンに見惚れて、うっかり何のためにラジュアに足を運んだのか忘れそうに
なってしまい、慌てて口を開いた。
「今回のお話ですが、姫は、その、どのように…。」
しどろもどろなエセルに対し、シェレンは年上らしく言葉をかける。
「急で驚かれましたでしょう。」
「姫が納得した上でのことですか。」
「はい。」
シェレンはエセルと同じく真っ直ぐな瞳で返事をしたのであった。