第二十三話
ファーゼとエセルが上機嫌で視察から戻ってきて、数日は何事もなく過ぎた。
話から海まで足を延ばしたと知っても、カルナスは予定と違うとはエセルに言えず、
「遊んできた分は働いてもらうからな。」
ファーゼを呼び出した。
「兄上。大人気ないですよ。」
「私は心配してたんだ。で、エセルの方は?」
どうやら執務室に連れてきたのは人目を気にせず、話をするためだったらしい。
「今日、リュオンに会いに行ってるから、父上にも返事すると思います。」
「良かった、と喜ぶべきなんだろうな。」
カルナスは寂しそうに苦笑を漏らした。
次の日、エセルが部屋に来た時、メイティムは天気が良いので、またリュオンの元へ行く
挨拶だろうと思っていた。
だが、エセルの口から出た言葉は、
「行ってきます。」
ではなく、
「シェレン姫との婚約、どうぞよろしくお願いします。」
頭を下げて頼み込んできたのである。
「それは、つまり…。」
「謹んでお受けしたいと思います。」
エセルの頬が紅潮すると共に、メイティムの顔は見る間に青ざめていった。
考えさせてほしいと言ったきり、ふさぎこんでいたようなので、特に話題にも触れようとも
しなかったのに、視察旅行で元気になっただけでなく、吹っ切れたようである。
「シェレン姫は第一王女だ。結婚となれば…。」
「はい。私がラジュアへ参ります。」
迷いなく答えたエセルは血の気が失せたようなメイティムに気付いた。
「父上。もしやお加減が?」
「ちょっと気分が…。」
「すぐ横になられてください。今、お医者様を呼びます。」
もう快復したと思われていただけに、驚いたらしい。
慌てて廊下に飛び出していくエセルを見ながら、メイティムは深くため息をついたのである。
国王急病と一騒動持ち上がっているところへ、リュオンがふらりと姿を現した。
「兄上!ちょうど良かった。」
エセルに急かされて、メイティムの元へ連れて行かれたリュオンは、心配そうな弟を部屋から
退室させた。
「そろそろ頭が痛くなる頃だと思ったんですが、当たったみたいですね。」
リュオンが原因を察していると見て、メイティムは意外そうに、
「お前は良く平気でいられる。反対してたのではないのか。」
「賛成したくありませんけど、仕方ないでしょう。」
リュオンは鞄をサイドテーブルに置き、話が長くなると思ったのか、椅子に座った。
「エセルはラジュアの姫が好きなんですよ。」
「好きな相手なぞ、まだこの先できるかもしれないではないか。」
「そんな理屈あの子に通りません。無理に破談にすれば泣くくらいじゃすみません。」
エセルにとってシェレンに対する誓いを守れなかったことになる。
失恋の痛手を抱え、一生恋愛ができなくなってしまうだろう。
「やはり断っておくべきだった。」
「今更遅いです。諦めるしかないでしょう。」
「簡単に言うな。」
リュオンが自分で可愛がっている割に、エセルに翻意を促す気はないらしいことが、
メイティムには逆に信じられない。
もちろんリュオンは直接エセルからシェレンへの想いや、ブローチを貰ってきた経緯を
聞いているからだ。