お互いの気持ちが通じたと嬉しそうに話すエセルに、リュオンが反論などできようはずも
ないのである。
「いつかは親兄弟より大切な人ができるんです。ただ少し早かったですが。」
リュオンとしてはエセルが決めたことならと納得するしかない。
「政略結婚はさせたくないと言っていたくせに。」
「本人はそう思ってません。それにエセルの信じた道を私も信じたいんです。」
エセルが還俗した時から思っていた。
修道院で教えを受けた者ならわかる。
決して自分に迷わないように、己の信じるままに。
「神にかけた誓いは絶対です。ましてエセルに破る事なんてできませんよ。」
メイティムは改めてリュオンも修道士だったことを思い出す。
人の世に戻ってきたとはいえ、敬虔さが薄くなるわけではないのだ。
「…母上に感じが似ている姫だそうです…。」
呟くように言ったリュオンの瞳が揺らめいているのを見て、メイティムも得心がいく。
もっと早くに聞いていれば、半分の驚きで済んだろう。
「エセルは私には何も言ってくれぬな。」
「言う前に気分が悪くなられたんじゃありませんか。もっとも王宮で母上の名前は
出せないでしょう。もう一人『母上』がいるのですから。」
実の父であるメイティムや血の繋がった兄弟と、デラリットではエセルの遠慮の
度合いも違ってくる。
分け隔てなく接してもらっていれば、尚更ローネのことなど口に出来ない。
「子供が母親を懐かしむのは当然だろう。」
「エセルは私みたいに無神経じゃありません。」
もっとも無遠慮と思えるリュオンが、彼なりに気を遣っている事をメイティムは
知っている。
「考え込むのは構いませんが、あまり皆に心配かけないようになさってください。」
おろおろしているエセルが、自分のせいだと気付いてないのが幸いだ。
実際、リュオンが出てくるまで、エセルは部屋の近くで待っていて、すぐに駆け寄ってきた。
「いかがでしたか。」
「落ち着けって。お前の方が顔色が青い。大丈夫。後で薬湯でも持って行ってあげなさい。」
リュオンの言葉に、ようやくエセルは安堵した表情になる。
「しばらく安静にされた方が良いのですか。」
「そんなに大したことないよ。」
気持ちの問題で病気というわけではないので、どことなく冷たい響きがこもったのか、
エセルが何か言いたげであり、その視線に気付いたリュオンは話題を逸らした。
「兄上方は?」
「お二人とも執務室です。お呼びしましょうか。」
「公務中ならいいよ。」
「あの、母上と姉上はお部屋にいらっしゃると思います。」
会おうともせずに帰ろうとするリュオンを引き止めようとしたのだろう。
「よろしくと伝えておいて。それと兄上には急な会議お疲れ様と。」
挨拶もそこそこに、リュオンは早足で立去って行く。
エセルは仕方なく見送るしかなかった。
無理に押し留めたところで困った顔をするのが目に見えている。
執務室から戻ったカルナスとファーゼは、リュオンの伝言を聞き一瞬首を傾げたが、
メイティムの見舞いに行き、理由がわかった。
確かに急な会議になりそうだ。
「父上。明日は起き上がれますか。」
カルナスが一応心配して確かめる。
「いつまで寝ているわけにもいくまい。大体、お前達もエセルのこと、知っていたな。」
「まあ、薄々は…。」
ファーゼは言葉を濁した。
まさかエセルとシェレンの恋文を取り次いで、ラジュアまで手引きしたとは言えない。
余計な事をしたと怒られるだけでなく、メイティムが本当に倒れてしまいそうな気が
したのである。