王族の結婚、それも相手が他国の王族となれば、レポーテとラジュアにとって国家間の
問題であり、本人同士が良ければで済む話ではない。
 当然、賛否も分かれ、会議と共に使者が行き交う。
 ラジュアとしても他国の人間を引き入れることを反対する人間もいる。
 特に年頃の息子を持つ貴族達は、容易に頷けない。
 レポーテにしたところで、エセルを送り出して何の見返りがあるのだろうか。
 将来、王位を約束されるならという議論も起こるが、この意見に関してはカルナスと
ファーゼの反対も強い。
 ただでさえ政治の渦中に巻き込むには忍びないものを、エセルの身に暗殺の危険が
及びかねない条件である。
 ラジュアをレポーテの手の内の治めるために、エセルは決心したわけではないのだ。
 皇太子が独身で、弟王子から結婚という事態に渋る者もいるが、シェレンが同じ立場で
ある以上、ラジュアでも引き延ばしはできない。
 引き合いに出される度、カルナスも苦い顔になってしまう。
 女性を何年も待たせるわけにもいかないではないか。 
 エセルは会議に引っ張り出されないまでも、王宮に缶詰状態になり、外出もままならなるが、
リュオンにしてみれば予測できたことで、宮廷がごった返す中に身を置く気になれず、しばらく
静観する状態が続いた。
 時折レナックが様子を報せてくれるので、マリアーナも少しは安心する。
 
 レポーテ第四王子エセルとラジュア第一王女シェレンの婚約がまとまったのは、冬も間近に
なる頃であった。
   
「まだ内々のことですが…。」
 久しぶりに診療所に現れたエセルは足取りさえ弾むように見える。
「本決まりか。」
 戸口から入ってきたエセルに、リュオンは書き終わった診断書から目を離した。
「はい!」
 リュオンとマリアーナは口を揃えて、
「おめでとう。エセル。」
と、祝いを述べた。
「やっと公然と姫へ手紙が送れるようになりました。」
 手紙の遣り取りは、どうやら続けていたようだ。
 ラジュアでは元々ロテスが乗り気だったから、行き渡り易いのかもしれないが、お互いの
内情は筒抜けといっていい。
(宮廷に間者がまぎれててもわからなそうだな。)
 リュオンは不吉な考えを頭から振り払った。
 報告だけに来たのかと思えば、エセルはいそいそと白衣に袖を通している。
「帰らなくて大丈夫なのか。」
「私がいても、口を挟む余地はありません。」
 すでに国家行事として、国王以下各大臣が手配にかかっていては、花婿といえどエセルの
出る幕はないのだ。
「出来る限りのお手伝いはさせてください。お願いします。兄上。」
 挙式の日取りが決まれば、きっと忙しくなり、簡単に足を運べない。
 いずれレポーテを離れる日が来るが遠くないとあっては、無為に過ごす時間が惜しかった。
 結局、エセルは夕暮れまでいたのだが、弟と一緒に出て行ったマリアーナは話があると、
診療所に戻ってきたのである。
「お兄様、私…。」
「還俗する気になった?」
 リュオンの問いに、マリアーナは迷いなく答えた。
「今は姉としてエセルのそばにいたいのです。」
 たった一人の同母の弟である。
 ラジュアに赴くまでの間、せめて少しでも姉らしいことを人任せでなく、何かしてやりたい。
 一つだけリュオンは注意した。
「王宮に帰るなら、王妃様ではなく、ちゃんと母上と呼べるな?マリアーナ。」
 マリアーナは黙ってこっくりと頷くのだった。

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