第二十四話

 マリアーナがリュオンに付き添われて王宮へ来た時、メイティムは目を見張った。
 後ろで一つに束ねられているが、柔らかそうな金の髪があらわになっている。
「マリアーナ。良く戻ってきましたね。」
 喜びに満ちた声を上げて、抱きしめたのはデラリットの方が早かった。
 やっとマリアーナが還俗して帰ってきたのだ。
 今までベールに覆われていて見えなかった金髪に、つぶらな茶色の瞳。
 メイティムは娘に出会った頃のローネの面影を見出して、言葉に詰まってしまった。
 本当に良く似ているとは、デラリットの前では言いかねたのだ。
「お帰り、マリアーナ。ずっと待っていたよ。」
 愛情のこもった眼差しと優しい口調。
 すぐに着替えのため、デラリットに手を取られて部屋を出て行ったが、待つ時間さえ
楽しく思える。
「では、確かに送り届けました。」
 リュオンが軽く会釈して退がろうとした。
「何だ。マリアーナのドレス姿を見ていかないのか。」
「女性の身支度は長くかかりますから、また今度にでも。マリアーナが王宮に慣れるまで、
エセルも私の所へ来させなくても良いです。」
 せっかく何年ぶりかで家族全員共にテーブルを囲めるとメイティムが期待したのは、
考えが甘かったらしい。
 リュオンとしては、もう誰にも会わずに町に戻りたかったのだが、扉を閉めたところで、
もう一人の妹、シャルロットと目が合ってしまった。
「お兄様。」
 声をかけられて無視するわけにもいかず、立ち止まる。
 よりによって一番苦手な相手。
「今日からマリアーナも暮らすようになったから仲良くな。」
「まあ、そうでしたの。お母様の御用はそのことかしら。」
 デラリットに呼ばれてシャルロットは私室から出てきたのだ。
「お兄様もご一緒なのでしょう?」
 シャルロットが何の疑問も持たず、微笑んで問いかけてくる。
 ただ首を横に振り、逃げるかのように急ぎ足で立去るしか出来なかった。

 デラリットは鏡台の前にマリアーナを座らせて、手ずから髪を梳っている。
「これだけ伸びていれば、ちゃんとまとめられるわ。」
 修道院から離れている間に、マリアーナの金髪も長くなっていたのだ。
 薄紅色のリボンだけが真新しい。
「お兄様がくださったのです。」
 年頃の妹に対するリュオンの心遣いだろう。
 ようやく数ある衣装の中から、ドレスを選んで着替えた頃、シャルロットが入ってくる。
 デラリットは一緒に見立てをするつもりだったのだが、少し遅かった。
「お帰りになられてしまったわ。」
 誰がとは言わなくても、デラリットにもマリアーナにもわかる。
 シャルロットはマリアーナはお互いに戸惑った。
 年齢は近いのだが、あまり話をしたこともなく、会うのも久しぶりである。
「お帰りなさい。きっとエセルも喜ぶわ。」
 それでも姉としての立場からか、シャルロットが先に声をかけた。
 途端にマリアーナの表情に安堵の色が広がっていく。
「よろしくお願いします。お姉様。」 
 慣れない服装で、いささかぎこちないながら、一礼を返す。
 まるで躓いてしまいそうな足取りなので、歩くマリアーナにデラリットが手を貸した。
「ありがとうございます。…お母様…。」
 やっとの思いでマリアーナは「王妃様」という言葉をのみ込んだ。
 敬意を払っていることになっても、逆にデラリットを傷つけてしまうから。
 悲しませることだけは、決してしたくなかったのである。