居間に現れた打って変わったマリアーナの姿に、
「姉上。良くお似合いです。」
エセルの素直な褒め言葉を別にすれば、皆、一様に呆然となってしまった。
淡い薔薇色に金糸の刺繍のあしらったドレス姿。
普通に姫らしく装えばさぞ綺麗だろう、とは思っていたものの、父や兄の予想を遥かに
上回っていた。
これなら充分人前に出して大丈夫だ。
同じ年頃のシャルロットと並ぶと、さらに華やかさが増す。
「やはり娘がいると、場が明るくなる。」
メイティムの顔が綻んでいる。
つい見とれてしまったカルナスとファーゼは、可愛いと言うべきか、綺麗と言うべきか、
迷った挙句、何も口に出せなかった。
恋人でもあるまいし、妹に対して、美しくなったとは、気恥ずかしい。
マリアーナは一身に視線を浴びて、頬が桜色にほんのり染まっている。
瞳の色が異なるとはいえ、マリアーナとエセルは優しげな顔立ちは、まさしく姉弟だ。
二人とも修道院暮らしだったせいか、無垢な雰囲気まで似ている。
誰もメイティムと同じ栗色の髪を持つ人間が一人だけ足りないことは、あえて触れようと
しなかった。
マリアーナは改めて自分の部屋に足を踏み入れ、かつて見慣れていたはずなのに、
落ち着かない気分だ。
ゆったりとしたビロードのカーテン、ガラス扉の飾り棚、レースのテーブルクロスの
かけられた凝った造りのテーブル。
見覚えのある、子供の頃、お気に入りだった人形が目に付いて、そっと取り出すと、
無性に懐かしさが込み上げてくる。
扉をノックする音が聞こえ、人形をソファーに置いて返事をすると、エセルが入ってきた。
「遅くにすみません、姉上。もし今夜眠れなかったらと思って…。」
手に小瓶を持っている。
「兄上から頂いたハーブティーです。身体が温まって気分もほぐれますよ。」
エセルもあまりの境遇の変化に寝付けなかったことで、身に覚えがあるため、心配に
なったのだ。
「ありがとう、エセル。もらっってもいいのかしら。」
「はい。まだありますから。」
余程、リュオンは王宮は気苦労が多いに違いない、と思い込んでいるらしく、折りにふれて
ハーブやフルーツをブレンドして渡してくれるのだ。
マリアーナは寝室の水差しの横に小瓶と、椅子の上に人形を置いて眠りについた。
夜に足音を忍ばせて、様子を窺いにきたデラリットはちゃんと寝付いている姿に、ほっとして
立去ったのである。
十六歳の娘ともなれば、子供ではない。
カルナスやファーゼはもちろん、メイティムでさえ、いかに気になったとしても、黙って寝室に
入ることは憚られるのだ。
毎日、一緒に暮らしているシャルロットの寝顔も、何年も目にしていない。
前にシャルロットが熱を出して見舞いに行った時、二人の兄はベッドの側まで近寄らせて
もらえなかった。
やはり寝間着姿を見られるのを、ためらったらしい。
女性が大人になるのは早い。
エセルが婚約した以上、シャルロットやマリアーナの縁談も時間の問題だろう。
還俗したばかりのマリアーナは、エセルのことだけで頭が一杯だが、特にメイティムは考えない
わけにいかないのだ。
−いつかは親兄弟より大切な人ができるんです−
リュオンの言葉が重く響いてくる。
「いつか」が少しでも遅れてくれればいいと願うばかりであった。