第二十五話

 一年もあと僅かとなると、ディザの街も一際賑わう。
 クリスマスの数日前には初雪も降り、雰囲気を盛り上げている。
 普段殺風景なリュオンの診療所にクリスマスキャンドルやリースが飾られているのは、
もちろん自分で用意したわけではなく、日頃の礼を兼ねた人々からの志なのだ。
 その内の一つはマリアーナの手作りで、当日来られないからと鹿や鳥のスモークや
ラム酒とドライフルーツのケーキなど、日持ちのするクリスマス用料理と一緒に持って
来てくれたものである。
「良く厨房、使わせてもらえたな。」
「はい。お母様とお姉様も手伝ってくださいましたわ。」
「シャルロットも…!?」
 実際は焼きあがったケーキに粉砂糖をふりかけて、包みのリボンを結んだだけでも、
厨房に一歩でも足を踏み入れたのなら、大した出来事だ。
 下働きの者が出入りする場所へ、自分で近寄る事など一生ないような気がしたのに。
 ただシャルロットとマリアーナの仲が思ったより良さそうなことに胸を撫で下ろす。
 初めての姫だったこともあり、シャルロットはそれこそ末っ子のように甘えっ子で、兄の
カルナスやファーゼと違い、好んで人の世話をするような性格ではなかったが、やはり
大人になったということだろうか。
 デラリットやシャルロットに色々な歌や曲を習ってもいるらしい。
 修道院育ちのマリアーナは賛美歌は良く知っていても、他の音楽となると詳しくない。  
 姉妹といっても、子供の頃、一緒に遊んだり話したりすることが少なかったから、心配して
いたのだが、杞憂だったらしい。
 
 クリスマスという祝祭当日に好んで医者にかかる人間は極めて稀で、リュオンも午前中に
何人かの患者を診ただけであった。
 療養所も同様で、来訪者といえば入院患者の見舞いくらいである。
 本人の希望もあり、一時帰宅している者もいるが、家に戻れない患者もいることで、
ささやかながら祝いをするからと、時間があればとリュオンも誘いを受けた。
 場所柄、酒類はないが、気分だけでも味わおうと心づくしの菓子や料理が並べられている。
 リュオンには焼き菓子の見た目など、どれも似たようなものだが、マリアーナの手作りと
同じ味がするケーキがあれば、さすがに気がつく。
「わかりましたか。マリアーナさんが先日届けてくれたんですよ。」
「マリアーナさんとエセルさん、良く似た綺麗な姉弟だったんですね。」
 黙っていても一目で姉弟だとわかる顔立ち。
 リュオン以外の兄弟は皆そうだ。
 新年が明けたら、一度は王宮に足を向けなければならないことが重く圧し掛かる。
 医師としてではなく、マリアーナとエセルの兄として、王子として。
 
 平穏に迎えた新たな年の始め。
 静まりかえった雪の中、リュオンは診療所の戸口に「外出中」の札をかけ、ため息をつく。
 気が向かないまま、やっと王宮に辿り着いた途端、
「遅い!」
 廊下を行きつ戻りつしていたファーゼが、リュオンに向かって叫んだ。
「ほら、早く!一般参賀が始まるじゃないか。」
 腕を引っ張られ、部屋に放り込まれた。
「さっさと着替えて出てこいよ。」
「これではいけませんか。」
「一人だけ正装しない気か。」
 新調したと思われる礼服一式揃えてある。
 久しぶりに正装に袖を通し、扉の外に出れば、
「リュオン、鏡見てないな。髪がボサボサだ。ああ、もう世話が焼ける。」
「兄上、先刻からなんなんですか。新年早々…。」
「新年だからだろう。何年ぶりで、一家揃って人前に顔を出すと思ってる。」
 特に今年はメイティムの健康快復とエセルの婚約という慶事がある。
 一般に門戸を開くこの日、集まってきた人々の数も例年よりも多いのだった。