雪解けを迎えると、レポーテとラジュアの使者も互いに頻繁になる。
エセルとシェレンの婚儀は春が過ぎれば、あっという夏だ。
諸事の打ち合わせに手間取っては準備が間に合わない。
当の本人達は使者が多くなれば、それだけ恋人からの手紙も早く届くので、楽しみに
している。
エセルはシェレンはもちろんのこと、時折ロテスや姉妹に対しても個別に手紙を書いては
送り、真面目な性格と綺麗な文字がさらに好感度を上げていた。
婚約が公になって以後、シェレンへの手紙の書き出しが「親愛なる貴女へ」から
「親愛なる我が姫へ」と変り、読む度にシェレンは気恥ずかしくも嬉しい。
文面から礼儀以上の想いが伝わってくるのである。
エセルの恋文は一歩間違うと、ただの丁寧な挨拶文になってしまうので、自分でも首を
傾げてしまい、手紙の書き方を教わろうとファーゼに訊ねたことがあった。
「手紙って、姫への恋文だろう。そんなこと言われてもなあ。」
ファーゼも困ったように苦笑を浮かべる。
「でもカルナス兄上は、女性への手紙の書き方はファーゼ兄上ならわかるかも
しれないと…。」
「…シャルロットかマリアーナに聞いてくれ。女心は女の方がよくわかる。」
ファーゼは適当に答えておいて、後刻カルナスの部屋へ押しかけ、苦情を申し立てた。
「兄上。エセルに妙なこと吹き込まないでください。どうして私なら恋文の指南を
できるんですか。」
「多分、私より詳しいかと…。」
弟に詰め寄られ、カルナスはたじろいだ。
「エセルが誤解するでしょう。まるで私が書きなれてるみたいじゃありませんか。」
「他に心当たりもなかったんだ。」
さすがにエセルもリュオンには聞けなかったらしい。
還俗した現在はともかく、修道士時代に恋文を交わす相手がいたら、逆に大問題だ。
幸せな悩みを抱えているとはいえ、エセルは見るからに生き生きと楽しそうである。
王宮に来たばかりの頃と表情の明るさが違い、メイティムはほほえましくも寂しくも
思う。
もう成長していく姿を自分の目で見られなくなる。
リュオンも動かずにじっとしたままの肖像画のモデルなぞ、退屈以外何物でもないが
エセルの支度を滞らせる気はないと見えて、毎日とはいかないまでも週に一度か二度は
姿を見せた。
兄弟六人揃った姿を眺めるのは、メイティムやデラリットも嬉しく、宮廷画家の気が
散らない程度に見学している。
ある日、堅苦しい服を着替えて王宮から退出しようとすると、エセルが、
「兄上、少しよろしいですか。」
声をかけてきた。
話でもあるのかと部屋に付いて行くと、椅子やテーブルに布が広げられ、仕立て屋が
待ち構えている。
「そろそろ、ちゃんと採寸しないと何かと困るからな。」
露骨に嫌そうな顔をしたリュオンにカルナスが言った。
エセルを振り返ると、済まなそうに頭を下げる。
おそらくカルナスに頼まれて、呼び止められたのだろう。
「ラジュアに持っていく服も新調しないといけないし。」
「礼服なら新年に着たのがありますよ。」
「一枚で足りるか!」
挙式に顔を出して終わるのではないのだ。
当然のように舞踏会や晩餐会がある。
祝い事に毎回同じ服というわけにはいかない。
ようやく解放されると、分厚い本を一冊をカルナスがリュオンに渡した。
「もう一度、よく読みなおしておくんだな。」
中を開けば、作法の本である。
「ラジュアでエセルに恥をかかせたくないだろう?」
「わかってます。」
リュオンは渋々重たい本を持ち帰ったのである。