第二十七話

 
緑が濃い影を落とすようになると、レポーテもラジュアも宮廷内は送り出す側も迎える側も
慌ただしさに包まれているが、国全体は祝いの雰囲気が高まってくる。
 出来上がったシェレンの婚礼衣装にエリーカとユミアは羨ましがり、エセルは贈る指輪を
何度も眺めている。
 宝石に関して、まったくといって良いほど知識のないエセルは宝石商に細工師に加え、
デラリットやシャルロットに相談を持ちかけた。
 女性の宝飾品となると、父や兄達では頼りにならないのだ。
「兄上も何か身につけてますよね。」
 エセルに訊ねられたカルナスとファーゼは返答に困った。
 別に指輪にしろ腕輪にしろ、おしゃれというより、習慣のようなものだ。
 大抵、紋章や名前や頭文字が刻んである品が多いので、身分証に近い。
「婚約者の好きな宝石くらい聞いておくべきだろう。」
 ファーゼに切り返され、エセルも反省してしまった。
 まさかシェレンへ贈る品が指輪一つというわけにもいかないのである。
 今後はマリアーナも公式な場に出ることが多くなるからと、色々と勧められるのだが、
髪飾り、首飾り、ブレスレット、イヤリングと種類が多すぎて、好きな物を選んで良いと
言われても、目が眩むばかりで悩んでしまう。
 確かにシャルロットはいつも素晴らしい細工の宝飾品を身につけており、似合ってもいるし、
綺麗だとも思う。
 ただ長い間縁のない場所にいたので、すぐには慣れないのだ。
 マリアーナの部屋の宝石箱には、ローネの物もある。
 王宮に戻って、すぐメイティムから手渡された。
「ろくに使わないままだったが…。」
 ローネは贅沢を好む女性ではなく、表立って人前に出ることがなかったせいか、
手付かずといって良い品もある。
 マリアーナにとっては、母の形見だ。
 着飾った印象は残っていないが、少なからず持っていたらしい。
 今ではローネの部屋は、マリアーナが自由に使ってよいことになっている。
 エセルが三人の兄の服を着用しているように、マリアーナはローネの服で間に合わせようと
してしまう。
 ほとんど手直しがいらない寸法である。
 マリアーナの容貌はローネと瓜二つだから、色柄も当然似合うのだ。
 特に衣装箱で目立つのはショールの多さ。 
 病がちだったローネがベッドの上でも使えるようにと、メイティムがドレスの代わりに
作らせた。
 ショールを留めるためか、宝飾品もブローチが目に付く。
 中に金細工の木の葉型で、小粒のエメラルドが飾りとして乗っているブローチがある。
 深く透明な緑色の宝石に、マリアーナはエセルの瞳を思い浮かべた。
(あの子、お母様の形見、持っているかしら。)
 僅かな記憶と肖像画だけが、ローネの思い出に違いない。
 母の遺品は娘へ譲られるものと考えられ、多分エセルの手には渡っていない気がする。 
 レポーテを離れる弟に何か一つでも持たせてやりたいと思うのは自然な感情だろう。
 宝石箱のふたを閉めると、あまり人に見られないようにマリアーナはローネの部屋へと
向かった。
 しかし頻繁に出入りしていれば、メイティムもデラリットもまるで探し物をしているような
気配に気付く。
 リュオンがいれば、相談も手伝いもしてもらえるだろうが、本人は王宮におらず、最近は
マリアーナも診療所まで行く時間がない。
 女物しか置いてない部屋で、あれこれと悩んでいたりもするのである。