肖像画が出来上がったと、リュオンが知ったのは、療養所での手術を終え、夜、
診療所に戻ってのことだった。
戸口に挟まれた、是非一緒に見たいとエセルが書いた手紙を読み、まだ寝むには
早い時間と思い、再び王宮に出かける。
エセルの部屋の訪れると、嬉しそうな表情を浮かべて、駆け寄ってきた。
「兄上。」
「遅くなってしまったな。」
「いいえ。お疲れのところ、ありがとうございます。」
リュオンの手を取らんばかりに居間へ行くと、白い布がかかったままの額が置いてある。
「少し待っててください。皆を呼んできます。」
「別にいいよ。」
エセルは微笑を浮かべ首を振った。
「この絵は家族で見たいのです。」
呼び鈴一つで人が集まるものを、わざわざ呼びに行ってしまう。
ファーゼは入ってくるなり、リュオンの顔を見て言った。
「ようやく見られるか。今夜は諦めてたんだが。」
「え?」
「エセルがどうしてもって、待ってたんだよ。」
王宮に詰めきりの宮廷画家までも急いでやってきて、リュオンが考えていたより、大事に
なっている。
「皆様、お揃いでございますか。」
画家の言葉にメイティムが頷くと、さっと覆いが取り払われ、ほぼ等身大に描かれた絵が
目の前に現れた。
一同も思わず息を呑んでしまう。
子供達六人が並んだ肖像画は、これが初めてだ。
「いかがでございましょう。陛下。」
「見事な出来栄えだ。」
メイティムが感嘆した声を出す。
半分の大きさの同じ絵が兄弟の数だけ、仕上がる予定になっており、他に国王夫妻が
加わった絵も二枚。
文字通り、画家は昼夜問わずかかりきりであった。
エセルの出立までに間に合わないとあっては、首が飛びかねない。
「素晴らしいです。私の分はラジュアでも部屋に飾って、ずっと大切にします。」
一枚の額に納まった兄弟の中に自分がいる。
何よりのレポーテで生まれ育った証。
素直な喜びに満ちたエセルの言葉に、画家も感激した。
再び絵筆を握りに画家が席を外し、ひとしきり肖像画に眺め入った後、リュオンも場を
立去ろうとする。
「お兄様、帰られるのですか。もう遅いですわ。」
マリアーナが心配そうにリュオンに声をかけた。
「夜道は慣れてる。それに様子が気になる患者もいるんだ。また今度な。おやすみなさい。」
リュオンが扉の影に消え去ると、カルナスとファーゼが追う。
「門まで送る。そんな格好で、こんな時間歩いてたら、衛兵に尋問の一つも受けそうだ。」
ファーゼに言われると、
「着替える間もなかったんです。」
リュオンの返答を聞き、カルナスは弟の横顔を見た。
「少し顔色悪いぞ。本当に平気なのか。」
「暗いせいでしょう。お気遣いなく、兄上。」
カルナスにはリュオンが、いつもより青冷めて、無理しているように見える。
そんな兄の表情に気付き、
「大丈夫です。私は医者ですよ。」
リュオンは努めて明るく言い、建物の外に出ると、
「ここまでで結構です。ちゃんと通行証は持って来てますから。」
「気をつけて、リュオン。」
リュオンの軽く会釈して、月明かりに照らし出される、足早に歩き始める姿を、二人の兄は
見送ったのだった。