ラジュアに向けて、エセル本人に先立ち、大きな荷物が送り出し始めている。
 旅支度も前回と比較にならないほどだ。
 エセルが自分で荷造りするのは、本当に身近な品だけで、その中にはマリアーナが
選んでくれたローネの遺品もある。
 木の葉の形をしたブローチは、今、シェレンから貰ったブローチの隣で箱の中で光っていた。
 ひざ掛けにショール、小物入れ。
 木製の彫刻が施してある手鏡と櫛は、返そうとしたのだが、
「鏡は貴方も使うでしょう。」
 マリアーナはなるべく男の部屋にあっても違和感がなく、見覚えがあり、ローネが手に
触れたと思われる物を選んだつもりである。
 ただ室内にあるだけでは意味がないのだ。
 最近、マリアーナ自身の準備も忙しくなってきている。
 同母の姉として、同行を許されたのだ。
 レポーテ側の親族は、カルナスとリュオン、マリアーナである。
「私は留守番ですか。」
 ファーゼは多少不満気だったが、カルナスは言った。
「エセルと視察に行っただろう。我慢するんだな。」
 婚儀に臨席したい気持ちは、メイティムの方が強いはずだ。
 
 日が近付くと、リュオンも王宮へと赴く。
 何かと諸事打ち合わせがあり、ラジュアへ一緒に行くだけではすまないのである。
 前日は夕方には、王宮に戻るようになっていた。
「最後の日の夕食くらい、家族で過ごしたい。」
 メイティムとカルナスには、特にきつく言われている。
 本当は王宮で開かれる祝いと送別の各行事にも顔を出すべきなのを、全部欠席して
いるのだから。
 退出する際、エセルがリュオンを私室に誘った。
「父上に頂いたのです。」
 ニ枚の肖像画。
 壁に掛けられているのではなく、立てかけてあるのは、多分、梱包のためだ。
 ソファーに腰掛けたローネとマリアーナ、ローネの腕に抱かれている赤ん坊はエセル。
「私が生まれた頃のものだそうです。」
 もう一枚は庭園で遊ぶエセルとマリアーナとリュオン。
「この絵は初めて見た…。」
 リュオンが呟いた。
 いつの間に描かせたのだろう。
「私は二枚とも目にしたのは初めてです。」
 エセルは感慨深そうに微笑んでいた。
 幼かった日の思い出のひとときが、確かに刻まれているのである。
 
 幸い診療所は、知人の医師と療養所の医師が交替で、リュオンの留守を預かってくれる
ことになった。
 往診が必要な患者の引継ぎや診断書の整理と、色々としなければならないことがあり、
骨が折れる。
 結局、王宮には約束の時間に遅れることになったが、息を切らしてやってきたリュオンを
責めることはできなかった。
 往診鞄と白衣を手にした姿は往診帰りにしか見えず、おまけに本人は途中まで辻馬車に
乗ってきたという。
 
 内輪だけの晩餐ということで、常の食堂ではなく、居室に近い別室。
 子供達が欠けることなく集まるこの日を、メイティムとデラリットは、どれほど夢見たことだろう。
「エセルの結婚と前途を祝して、乾杯!」
 メイティムが高々とグラスを掲げる。
 一気に飲み干した後で、
「ありがとうございます。」
 エセルが、頬を上気させて礼を述べた。
「姫によろしく伝えてくださいね。」
「はい、母上。」
 エセルが過ごすレポーテ最後の夜は、和やかな雰囲気に包まれていた。
 誰の胸の内にも深く染み込み、流れる時間。
 まるで何事もなく、共に過ごしてきたかのように。


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