第二十八話
リュオンが常とは違うベッドの感触に気がついて、目を覚ました。
(ああ、今日はエセルの…)
カーテンを開くと、まだ薄暗い。
昔、自分の使っていた部屋とはいえ、妙に落ち着かず、庭園へと出ることにした。
少し肌寒い空気が、却って眠気を吹き飛ばしてくれる。
葉擦れの音に、明るく挨拶する声が重なって聞こえた。
「おはようございます。兄上。」
振り返ると、エセルが立っている。
「おはよう。随分早いな。眠れなかったのか。」
「いえ、もう見納めになりますから…。」
寝付けなかったのも事実だが、室内でおとなしく時間が過ぎるのを待っているのが
もったいないような気がしたのだ。
居住場所に近い、王宮の最奥とも思われる庭園。
「子供の頃、この辺りで遊んでいただきましたね。」
エセルはリュオンに微笑みかけた。
瞼の奥に残る光景。
リュオンとマリアーナと幼かったエセル。
さらにローネの面影が揺らいでいる。
「話し声が聞こえたと思ったら…。」
一瞬、幻を見たような気がした。
風にそよぐ金の髪に茶色の瞳。
立っていたのはマリアーナである。
「おはようございます、お兄様、エセル。…どうかなさいまして?」
目を見張ったままの二人に、不思議そうな顔をした。
「少し眩しくて…。おはよう、マリアーナ。」
ちょうど、朝陽が昇り、一面に光が差し込んでいる。
花の蕾や葉の上の朝露が、陽を受けて輝く。
「きれいですね。兄上と姉上と朝陽を見られるなんて、良かったです。」
三人で何度日が暮れるのを見ただろう。
同じ場所で、今は朝を迎えている。
リュオンは部屋に戻ると、再びエセルの元へ訪れ、布張りの小箱を差し出した。
「私からの結婚祝いだ。」
エセルが蓋を開けると、銀の十字架が入っている。
「これは、兄上の…?」
だがリュオンの十字架は、首にかかったままだ。
「私にできるのは、これくらいしかなくて。」
「ありがとうございます。お揃いですね。」
リュオンがわざわざモンサール修道院から取り寄せてくれたのだろう。
「かけていただけますか。兄上。」
エセルが十字架を箱から取り出すと、リュオンがエセルの首にかけ、
「神の祝福がありますように。」
と。額に口付けする。
リュオンは、心のどこかで喜んでばかりもいられないという懸念が拭い切れていない。
将来、ラジュアで難しい状況に立たされることもあるだろう。
いつか「国」の重さを感じた時、乗り越えていけるように。
リュオンは神の加護を願わずには、いられないのだった。