出立の儀式は、大広間に大勢の貴族重臣が居並ぶ中で行なわれた。
メイティムの面前に、エセルと同行するカルナスとリュオン、マリアーナがいる。
まだ幼さが残る末息子を見送る日が、こんなに早く来てしまった。
身を翻して退室するエセルを、玉座から降りて、抱きしめてやりたい衝動を、メイティムは
必死で抑え込む。
一旦、控えの間に落ち着いたリュオンはファーゼから一本の剣を手渡された。
「そんな顔をするな。礼装用だ。」
リュオンは装飾の多い鞘から、剣を引き抜くと、剣先が鈍い光を放っている。
「単なる飾りにしては、随分見事な刃ですね。私はもう使えませんよ。」
返そうとするリュオンにカルナスが言った。
「一応、持っていなさい。私は皆を守りきれるほど強くないんだ。」
ほとんど習ったことのないエセルと違い、リュオンであれば咄嗟の場合でも自分の身を
守るくらいできるはずだ。
多分、使うことはないと思うが念のためである。
王子が剣の一本も携えていないとは、格好がつかないという理由で、渋々リュオンは
受け取った。
馬車に乗り込もうとする前に、もう一度エセルがメイティムに挨拶をする。
「行って参ります。いつまでもお健やかなことを祈っております。」
「道中気をつけて。幸せになりなさい。エセル。」
自分と同じ緑の瞳。
次に見るのは、何年後だろうか。
メイティムとデラリットに抱きしめられて、レポーテの王宮を出発する。
都の郊外まで、ファーゼが馬で見送りに出た。
ディザを離れる頃、エセルは馬車から降りる。
「兄上。今までお世話になりました。特に今度のことは…。」
「会えないのが残念だが、姫によろしく。元気で。エセル。」
「はい。ファーゼ兄上もお達者で。父上と母上、シャルロット姉上にも、よろしくお伝えください。」
一瞬、お互いの笑顔に寂しさがよぎった。
再び動き出した馬車は、ラジュアへと向かう。
エセルはずっと窓の外を眺め続けている。
「覚えておきたいのです。レポーテの風景を。」
生まれ育った故郷。
通り過ぎる街並み、道筋、できるだけ多く、いつでも思い出せるように。
目に焼き付ける機会は、もう今だけなのだ。
行く先々の祝いの声は、ラジュアに入るとさらに高まった。
世継ぎが男子でない国にとって、たとえ婿とはいえ王子が来ることを歓迎しているらしい。
どこもかしこも祭り騒ぎの中、ずっと笑顔でいられるエセルには、感心するばかりだ。
何も言わないエセルの手前、疲れたと正直に口に出せないのが、カルナスとリュオンにとって
辛いことである。
トルンが近付くと、シェレンや他の姫の話題も以前にも増して多くなってきた。
「紹介する日が楽しみです。」
そう話す時のエセルの表情は、本当に嬉しそうである。
旅の間も、肖像画と貰ったブローチを毎晩枕元に置いているくらいだから、無理もない。
シェレンからの手紙が宿泊先に届けられていることもあり、心待ちにしているのは
お互いのようだ。
レポーテにいる間、王宮に来たリュオンは、カルナスとファーゼに、
「エセルが結婚がどういうものか、わかってると思うか」
訊ねられたことがあった。
「自分で求婚したくらいですから、わかってるでしょう。」
「いや、その、夫婦になると意味で…。」
ファーゼが真面目ながらも、顔が赤くなり、リュオンは言わんとすることを察した
「心配なら教えてあげればよいでしょう。」
「お前、医者だろう!?」
「兄上達にお任せしますよ。」
つい先日のことが、随分前のようだ。
長くも短くも感じられた道程も、明日までである。