トルンの王宮の門を潜り、馬車が止まると、ロテスとシェレン、エリーカとユミアも
建物の外まで出迎えてくれていた。
 夫になるエセルに敬意を表してのことだろう。
「姫、お久しぶりです。」
「お待ちしていましたわ。殿下。」
 シェレンがエセルに微笑んだ。
「紹介いたします。兄のカルナスとリュオン。姉のマリアーナ。こちらがシェレン姫。
ラジュア第一王女の方です。」
「はじめまして、シェレンです。お目にかかれて大変光栄ですわ。」
 マリアーナと同い年だが、幾分大人びた印象がある。
 大概、肖像画は本人よりも良く描かれる、とも言われるが、シェレンの場合には
当てはまらなかったようだ。
 想像以上に、美しくたおやかに見える。
「遠路、ようこそおいでくだされた。」
 ロテスのかけた声にも、親しみが込められていた。
 再度別室で簡単に挨拶と顔合わせが行なわれ、挙式の場へと移る。
 
 荘厳な音楽が流れる中現れた、十五歳の花婿と十七歳の花嫁はまことに初々しく一対の
人形のようでもあった。
 特に、華麗な婚礼衣装に身を包んだシェレンは、一層美しさが際立ち、居合わせたすべての
者の目を惹きつけ、エセルにいたってはベール越しに見惚れてしまう。
 エセルがシェレンの白くしなやかな指に嵌めた指輪には、アクアマリンとダイヤが
散りばめられている。
 宝石のことなど何もわからないエセルが迷った挙句、透き通るような水色に、シェレンの
瞳を思い起こさせ、選んだのだ。
 祭壇に向かう時、緊張していた二人が、扉の外に踏み出した頃には、お互いに微笑が
浮かんでいる。
 祝福の声を受けるエセルとシェレンは本当に嬉しそうであった。

 喝采の響くトルンの街中を、白馬の引く馬車で一巡りした後、間を置かず、王宮で披露の宴と
なる大舞踏会が開かれる。
 当人達はもちろんだが、国王ロテスが上機嫌だ。
「エセルが気にいられたのは、まんざらでもないようだな。」
「そのようですね。」
 様子を見ていたカルナスとリュオンが、少し安心したような表情を見せる。
 ただ後見役の二人にも、ラジュアの貴族達の目が向けられていた。
「レポーテは成人した王子が何人もいるから、末っ子を婿に寄越すくらい何ともないらしい。」
「姫のお相手であれば、皇太子は無理だが、もう一人の王子でも良さそうであったな。」
 リュオンの姿に何故年下のエセルが、という見方もされる。
 文字通り毛色の違うリュオンは、目立つのだ。
 三人見比べれば、「似てない兄弟」と囁かれてもいるに違いない。
 多くの祝辞にかき消され、耳に届かなかったのが幸いである。
 この場になると、ラジュアの姫達とマリアーナは早くも打ち解けた始めた。
 シェレンとマリアーナは年齢も一緒で、元々、姉妹ばかりだ。
 その周囲だけが眩しく、近寄りがたいほどである。
「兄上。」
 ようやくエセルも、祝辞の渦の中から話かける機会が出来、改めてシェレンを紹介した。
「お兄様方には、今後ともよろしくお願い申し上げます。」
 シェレンが微笑を浮かべ、丁寧に一礼する。
「もう一人、最初に手紙を届けてくれた兄がいます。」
 エセルの言葉に、シェレンは少し慌てたようなので、カルナスは笑って答えた。
「私達は存じておりますので、ご安心ください。姫。」
「その切は、わがままを申しました。」
 シェレンの頬がほんのりと薔薇色に染まる。
 すでに婚儀が執り行なわれた後では、エセルがラジュアにお忍びで来たことなど、大した
問題にはならないだろうが、シェレンは気恥ずかしさもあり、父にも妹にも、いまだ話して
いないのである。
 弟が妻として選んだ女性の、少女らしい一面を垣間見たカルナスとリュオンは、シェレンに
好意的な印象を感じたのであった。


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